名乗ることの恥について

水曜日、職場近くの豆腐屋で自家製合鴨弁当が280円(特別価格)で売っていて、どしゃ降りの後の乾いたコンクリートを突き進み、ピクニック気分で駅前のベンチでそれを味わう。ハイヒールで新宿の街を駆けるのに疲れて、帰宅する頃には和室に敷いた布団に吸い込まれるように眠ってしまった。蚊に刺された痒みで目覚め、4時半にシャワーを浴びて、夜明けを感じて、カプースチンを聴きながらこの記事を書いている。

 

選択的夫婦別姓最高裁判決は残念で、いや残念を通り越して、この国が望む「夫婦/家族/パートナー」関係を築くことの地獄を再認識した。自分は選択的夫婦別姓が実現したとしても法律婚を選べないけれど、それによって不便が解消され生きやすくなる人たちが確実に増えるし、多様性が認められた社会のほうが肩こりも減るだろうし命を落とす人も減るだろうから、法改正をひたすらに望み続ける。しかし地獄はいつ終わる?自分が死ぬまでにこの家族制度とそれを補強するシステムは解体されるだろうか?

 

金曜日、物を失くしてばかりで注意力は散漫しているものの生への活力が戻ってきた気がする。外泊先で優雅にのびのびと自慰もできる。立て続けにあったスピーチ依頼も無事終えた。疲労からか頭痛がする。こうした社会的な場での登壇について、グダグダで脱線しまくりで沈黙もして呂律が回らなくてボケボケの自分を許せるようになってきたことは嬉しい。複数いる自分が統合される日が多くなったというか、更新の連続で今がいちばん生きやすい。


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今、芸術や福祉、社会構造そして個の尊厳を問うはずの業界での性暴力告発が相次いでいる。支援者/協力者としてではなく告発を選べなかった一人のサバイバーという立場で私は告発者たちの側に居続けている。近しい問題意識を持つ有志によるZINE制作が決まった。自分自身に対して期待する。誰にも奪わせないものを作れるとしたら、輪郭を何度も引き直したコントロールの効かないこの身体から出発する以外にないだろうから。

かつて「添い寝アーティストを目指しています」という自己紹介の仕方をしていた。それは、添い寝によって尊厳を再獲得できたことの意味と価値、その感触をどう表現(贈与)できるかを考え続けるという意思表示でもあった。

今もその旅は続いている。しかし他者の尊厳を十分に考え抜かない中でアーティストを名乗ろうとしていた自分を心から恥ずかしいと思う。当時の東京での日々は、表現者・愛好家・批評家などが周囲にたくさんいてその人たちが語る言葉やハイコンテクスト文化を全て鵜呑みにして「アーティストたるものこうあるべき」というイメージが膨らんでいたように思う。しかし、今は抽象度が増していて、自身の中の矛盾や戸惑いを自覚したまま、アーティストと呼ばれる/呼ばれたい人たちを眼差せるようにはなった。関西のアーティストと交流できて東京の特異性を知り相対化できたこともそうだし、この数年で誰かの沈黙が破られる瞬間に多々立ち会ってきたことが最たる理由かもしれない。中途障害とも言い表せる、人生が突然プツンと分断されて連続性が失われたような体験、トラウマティックな出来事を抱えて生きるたくさんの人に出会ってきた。自分の声を取り戻すため、当時だってそのために抗っている人がたくさんいたのに、自分の回復に精一杯で、その静かな闘いを想像し敬意を払えていなかった。名乗ることの恥を思う。

 

https://sth-totalkabout.hatenablog.jp/entry/confession0620

このエントリを忘れないようにしたい。表現する者が、性暴力をテーマとする作品を世に出す過程で被写体の尊厳を無視し続けたことを。

境界を揺らがし得る相手との作品だからこそ、物語る身体を切り拓く可能性を抱けるからこそ、クリエイティブな活路を見いだせるかもしれない。しかし、表現"された"側からの「取り下げてほしい」という声を拾う道が残されていなければいけない。いついかなるときだってサバイバーの体験はサバイバーのものなのだから。おのずと『他者との関係性』をテーマとする作品が生まれたとき、それは避けられない道なのだ。

私自身、これまで何度か取材を受けたり美しい物語にされたり映像を撮られたりする中で、表現する側の好きなように創造されて良いと考えてきた。それは後から文句を言える関係性があると思えたからであり、コミュニケーションではなくてもディスコミュニケーションならばそれはそうと納得できたからである。しかし、ほんとうの意味で特別な交流があったのにかかわらず不在の存在として扱われること以上の苦しみはない。コミュニケーションもディスコミュニケーションも存在しない世界は、忘れられた街角みたいに、どこよりも寂しい。

 

土曜日、ゆにここカルチャースクールクィア講座に参加した。私が繰り返し使ってきた「自由」とか「尊重」という言葉の意味は、「普通に息をさせてくれ」であったことが思い出される。ある側面で力を持つ側の都合次第で線引きをされる(いないことにされる、存在を否認される)ことに対する全力の抵抗。幸福は最初から必要としていないし、生きる目的はそれだけなのだ。望んでもいない応援歌が届くとき、炭酸水を頭からぶっかけられたみたいに皮膚が痛む。底が見えない水の中をおそれずに飛び込んできてくれた人に鰓を差し出したいと思う。どうか、何を感じているか、声を聞き、目を合わせてほしい。規範通りには生きれはしない者同士が存在を祝福しあえる夜を探し続けたい。

これから、たくさんの熱を浴びに行く。舞台公演の予約で祝日がびっしり埋まる。カルメンピアソラの夏。音に埋もれ、踊りに担がれ、演技に慰められ、歌に愛でられ、ぎっしり肉づいたかなしみを削ぎ落とし、邂逅のための身体を調律せねばという思いだけがそこにはある。