妊娠七ヶ月目の今日、大学で講演をしてきた。昨年と違って学生をドッと笑わせることができなかったのは悔しかったけど、かなり穏やかに原稿を読む自分がいた。今年もデンマーク渡航の話をしてほしいという依頼で、外国にルーツのある人などマイノリティへの差別感情やそれが起きる構造に気づくためのエピソードをふんだんに扱って、性と生殖の権利、旧優生保護法と性同一性障害特例法の生殖不能要件*1、アクセシビリティの権利(物理移動と情報保障)、ナチスによる迫害の記憶が残る街で経験したガザ侵攻にももちろん触れた。「生きていると本当に色々ある。けれど、どうか生き延びてほしい。人生の危機は起こる。けれど、なんとかなる」と添えて90分を閉じた。帰り際、大事な人を自死で亡くしたという参加者がやってきて、最後のメッセージへの感謝を述べて去っていった。その足でストリップ劇場に向かった。

今月中旬(20日まで)のおすすめは、池袋と大和の劇場だ。本日の場内はとにかく活気に溢れていた。平日昼間、ガハハハと笑う助平根性の強めな中高年たちが多くて、すけべの磁場(?)で揚々な気分になって自身の指や腕の骨からもみなぎる官能を感じながらステージを観ていた。「パンツ泥棒を逮捕する」という寸劇あり、何を言っているのか意味不明だと思うけど「ペニスって篠笛だったんだ…」という演目ありで、大いに笑わせてもらった。
ただ、ダンサーの体型の変化云々を語るような声も聞こえてきてげんなりした瞬間があったのも事実だ。
健康が心配になるくらい歯が溶けているとか、どう客観視しても「お前さんは何を言っているんだ?」とつっこみたくなる人が踊り子の外見をあれこれ言う場面にたまに遭遇することがある*2。良し悪しを評価している訳ではないにしても、品定めする位置に安住している姿はやはり醜悪で滑稽である。
本日呼ばれた大学は、性暴力被害が起きた街の中にある。働き始めたばかりの居酒屋で、上半身裸になるように指示されて抵抗できないまま、身体の部位を賛美されたり否定された記憶に何度も苦しめられた街の中にある。嘘か本当かはわからないが、加害者(店長)は当時19の私を脅す際に、すでに女性の先輩も加害者の餌食であり、(従業員と)身体の関係を持つのは当たり前なのだという言葉を使った。そうして支配され、若くて立場も弱かった私がその時できた最大限の知恵を絞って逃げ出した15年前の夜がもうすぐ近づいてくる。しかし今日はその街を驚くほど穏やかに通過することができた。4年ほど前に”伝説のヤリマン”と呼んでいる大好きな女が被害現場に同行してくれて一緒に石を投げてくれたからだろうか、添い寝で満たされた身体が今もなお私を支え続けているからだろうか、今秋に添い寝フレンドだった人の部屋に招かれて*3「おれたちが暮らしてたあの街、どうなっているんだろうね」って言われてGoogleマップで散歩道を振り返っていたら夕飯を食べ忘れた夜があったからだろうか。加害者がもう死んでいるかもしれないからだろうか。理由はいくつもあるような気がするし、そのすべてのような気もする。
劇場でも遭遇する悪気のない女性蔑視(他者蔑視)、そんな「素朴な感想」を口に出せてしまう人たちと同じ場にいても、今では、逆にそのエネルギーを吸い取れるようになった。あえて私“たち”というけど、私たちはそんな人たちの言動を、かならず蹴散らすことができるという現実を知っているからである。脅しや恐怖のない環境だったとしても19の私だったら蔑視は呪いとして身体に染み込んだけど、34の私は「まずは自分のこと鏡でよく見たら?」「私の裸もなかなか良いでしょ」「それはそうとして、おっぱい好きか?😂」と跳ね返せる強靭さというか洗浄力を持っている。染みにすらならない。そして大人になったので脅しや恐怖に対抗する術もある。
被害後の過程では、心身の麻痺と過剰をいかになくしていくかにまず焦点を充てることにしていた。美しいものをただそのまま美しいと感じられる心身を取り戻したくて動き続けた。結果的に、自分の些細な感情の機微や快/不快には本当に鋭くなった。
妊娠中はさらにそれが敏感になるというか、いくら会いたいと言われても、私側にも好意や関心があっても、自分が少しでも緊張していたり気を使うような関係は今のからだでは対峙できない、というのが事実としてある。だから自分が最も開放/解放的になれる人/環境にのみ身を置いている。素直で正直でいられて一切背伸びをしなくていいから気楽だし、それが今の最適解である。つわりの時期はびっくりするくらい体調が悪すぎて移動もしんどかったが、今はだいぶ改善された。裸表現を観ることは私にとって最良/最愛の環境で、それは胎児にとっても良い影響しかないはずという理屈で劇場に行っている。
特に思い入れのあるダンサーのステージを見ていると明確に胎動を感じるので面白い。あなたのそばにいるとどれほど心地よいのかを、お腹の中で生きる人が改めて教えてくれる。
最後に、これまで何度も書いているが、春野いちじくさんという表現者が素晴らしいのでぜひステージを見てほしい。なので演目の感想を書いていく。

今日久々に拝見した演目「Healthy」。さらにさらに進化していて、これほどに素晴らしいものを見せてもらって本当にいいのか…………と呆然としながら泣いていた。涙にもいろいろあると思うんだけど、こういう涙を流したくて私は劇場にいる。裸中を走るような火照り、内側から漲る熱風、丘の上からあまりに爽やかな風が吹いてきて……ほんとうに気持ちよかった。生きててよかったと思ってまた泣いた。
「むかムカday」では、最後まで逃れることのできない、自分の内臓さえ傷つけそうな真っ黒な右手に引き込まれていく。それは脱ぎたくても脱げない日を露わにする過酷な表現であり、ストリップというジャンルであるからこそ意欲的な作品だ。他者や自分をどうにかしたいという、祈りどころでなく支配のような気持ち、掌握しきれない自分のどす黒い気持ち、あなたの中が私でいっぱいになってほしいと欲する情けない気持ち、他害しないよう自分を殴り続けるような気持ち、惨めな泣きっ面を隠そうとする健気さとそれを愛する気持ち、諦めて手放したいのに執着にしかならない踏んだり蹴ったりの気持ち。それは決して自分を構成するすべてではなくむしろほんの一部であるのに、暴れまわって内側から自分を破壊してしまうような恐怖、歪み、衝動、慄きである。同時に自身の脆弱を飼い慣らそうと闘う夜の、狂うような快楽。先の見えない暗闇と果てない渇望がこの身体中を蝕んでいく。それでも飲み込まれまいと這いずり回って立ち上がろうとすべく瞬間の、その微笑みの美しさ。思い当たる全ての苦しみと哀しみが詰まっていて、また泣いた。
お願いです。春野いちじくさんという表現者が素晴らしいのでぜひステージを見てほしい。(X回目)
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(おわりに)
最近の活動紹介。
積極的関心を持ってくれる方、奔放さを愛している方、どなたでも歓迎です!
🌟スト活の感想を寄せ合うコミュニティ
🌟奔放な妊娠を祝いたい人、それを応援したい人のためのコミュニティ
明日(今日)、大和ミュージックで会える人がいたら嬉しいです。
年末、渋谷でのささきさちさんの周年週もかなりおすすめです!
それでは、奔放な年をお迎えください♪

*1:特例法の生殖不能要件は違憲だとの最高裁判断から2年が経ちましたが、法改正は実現していません | Magazine for LGBTQ+Ally - PRIDE JAPAN
*2:(基本的にはデリカシーのある紳士ばかりだから例外ともいえるのと、こうは書いたけど別にどんな外見性別年齢の人であっても皆に聞こえる声で人の外見を指摘する場面はげんなりするわけで、わざわざ相手の外見について書くことを選んだ私の意地もかなり悪い)
*3:添い寝関係の終了後は、外で会っていたので実に14年ぶりだったが