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うれぴっプルン戦記

性的主体性と添い寝とダンス

擬態

いつの時代であっても、健常者に見えながら非健常的な自分と共に生きている人間なんてゴマンといる。表面的にみえる、あるいは(こう在りたいという)意図的な表現の先にみえる「あなた」と、内面部分を包括する実物の「あなた」が乖離していることは、ちっともおかしな話ではない。口先と行動を一致させられる人間のほうが遥かに少ない。理想と現状を一致させられる人間のほうが遥かに少ない。自分にとって視えている世界なんてほんとうに狭い。自分の介入しない、とある場面で/とある状況で/とある関係性において、想像したことのないような、他者が抱えている世界そして文脈が広がっていることは当然のことだろう。

親しい友人から立て続けに人生相談のような連絡が入り、適当に聞いていたら、それはそれは鏡に映し出されるかのように、自身の過去もはね返ってくる時間が出来てしまった。少しうんざりしている。そこで愚痴るのに適当な誰かも居ないしそもそも大した話でもないので、ブログに吐き出すとします。

私は人生で二度、専門家によるカウンセリングを受けたことがある。結果、心療内科・精神科の世話にはならず、向精神薬を処方されたこともない。はじめのカウンセリング経験は、高校三年生の冬だった。誤魔化しつつ器用に生きているつもりだったけど所詮子どもだったので教師に見抜かれ勝手にカウンセリングの予約を入れられていた。高校には常勤の臨床心理士はおらず、不定期に相談室が開放されていた。ちょうど一年前に別れた元カレも同じ日にカウンセリングを勝手に予約されており、似た者同士かよと内心笑った。当日は会議室のようなところに呼ばれ、「最近どうですか」みたいな質問からはじまった。特に話したいこともなく(ラポール形成もできてないのにまず不可能)家族の愚痴をちょこっと吐いて終わった。受験期だというのに父親脳梗塞で倒れ祖母の気が更に狂い少々疲れていたのは事実だったが、具体的な話は出来なかった。

二度目のカウンセリング体験は大学三年生の夏だったと思う。バイト先で性暴力に遭い、ぼろぼろになっていたが、数年経ち少しずつ回復してきた気がしたので自身で学内相談室でのカウンセリングを予約した。そこで、手頃な心療内科か精神科を紹介してもらおうと思った。当日現れた臨床心理士車いすユーザーの男性だった。経験豊富な第一印象ですこし期待した。けれど結局「あなたのような健康な人は、うん、大丈夫ですよ」といわれて終了した。「こんなもんか」と思った。「被害女性のためのお悩み電話相談」的な機関に頼ってみたときも、まったくの手応え無しだったことを思い出して納得した。擬態が巧いだけのキメラ(のような私)でも、彼らからすると、とても微笑ましく見え、健常そのもので、前向きで逞しいヒトにみえるらしいのだ。しかしそこであちらの都合で一方的に解決させてほしくなかった。せめて専門職であるならば、時間をかけて私との関係性を築き、「あなたが何者であっても構わない」「話したくなったときにいつでも来てほしい」と私を待っていてほしかった、唯その一言が欲しかったのだ。遅くはなったが、それに今日やっと気付いて腑に落ちるしかなかった。結局私は専門家に頼らず(頼ることが出来ず)、非専門家である人達の何気ない言動に支えられながら、自己治癒に懸けていたのだと思う。それはそれで一つの才能というか自身の誇るべき長所でもあったと思う。しかし、もっと早く専門家が私の傷みと怒りに気付いてくれたなら、民事裁判まで間に合ったのかなとも思う。矛先を第三者に向けても無駄だとはわかっているのに、藁にも縋りたいとはこういうことなんだろう。他人のせいにはしたくないのに、そんな自分が情けない。

そして最後に足掻いたのは今年の夏(二十五歳手前だった)だ、法テラスの無料電話相談を使って、過去をどうにかできないものか、光が差し込まないものかと挑み言葉を連ねた。語りの途中で、胸の中がぐっちゃぐちゃになって、呼吸が苦しくなって、一切抑制が効かず、どうなることかと思った。そこで対応してくださった女性らしき人の声が、その応答が、あまりに完璧だったのでとても驚いていた。言葉それ自体は覚えていないんだけど、とにかく完璧だった。電話越しに、出会って3分も経っていないのにかかわらず寄り添い(それがほんとうに適切な距離感で)、残念ながら時効が来てしまいもう手がないこと(限界の提示)、それでも辛い時のための相談機関があるということ(逃げ道となる情報の提供)、穏やかで冷静な声が淡々と耳に響いた。お顔も拝見したことのないその方に、具体的な背景も一切語っていないのに、心が抱きしめられた気がして、わんわん泣いた。

この経験と、かつてのカウンセリング経験の違いはなんなのだろう。その答え合わせはまだまだ出来そうにないんだけど、自分も歳を取りながら、いつか、彼女のような、あの声色を持てる人間になりたいと強く思う。とりあえずそれを目標に生きていけるよう、ちょっとずつでいいから頑張りたい。自分を生き切ること、自由で在り続けること。先日逝去された雨宮まみさんの生み出した、宝石のような言葉を思い出しながらそんな決意をする。

「ただ私自身として生きたい。(中略)立場で生きるのではなく、意志で生きることだけが、人生を輝かせるのだと、私は思っています。」(『女の子よ銃を取れ』より)