うれぴっプルン戦記

性的主体性と添い寝とダンス

同僚に「LGBTと医療福祉」の冊子を渡したらちょっと反応に困られた話

ちょうど今、医療機関で働いていて、(「オカマ」という言葉を揶揄する人もいる職場なのでちょっと勇気を出しつつ、)同僚にこの冊子を紹介したんだけど、反応に困られてしまった。 

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こちらより全文ダウンロードできます!

ちょっと間が空いて、「反応に困ってるよね」となったので、「お時間あるときに読んで下さい」といって棚にしまった。その後については特に気まずくはなかった。医療従事者として、是非知ってほしい知識ではあるので、きっかけとなれば嬉しいなー。また、未来の新人さんの目にも留まるといいなーと思っている。

 (働き続けるなかで、トランスジェンダー当事者の入院事例や、HIVキャリアの方の相談事例、同性パートナーへの緊急時対応事例に関わる可能性は高いはず…)

 

 

そもそも、この記事を書こうと思ったきっかけはこのニュース。

同性愛者だとカミングアウトした議員さんの、「LGBTは若い世代だけのことではなく、どの世代にも同じだけ存在しています。私と同世代の人たちも続いてほしい」という言葉とそれを発信するまでの過程に、涙が出てきたからです。

ーーーなぜ、いままで隠していたのか?

前田さんは「いままで公表できなかったのは、恐かったからです」と率直に語った。実は議員になった後にも、議会事務局に嫌がらせの連絡があったり、信頼して話した人に、ゲイだと言いふらされたりした経験があるという。議員という周りから支えられなければならない立場。そこからのカミングアウトは、下手をすると議員の立場を失う危険性がある。しかし、いよいよ5期目50代となり、いま社会を変えなければという「焦り」を感じた。この立場の人間が社会に発信することが、社会の変化に繋がる、と前田さんは考えた。

「私がカミングアウトすることで、LGBTも、それ以外のマイノリティも『悩んでます』『助けて』と声を出しやすい場や雰囲気を作っていきたい」

 

もちろん、「婚姻制度」自体に疑問を呈する/反対する姿勢*1も忘れてはいけないとも思う(その意味で、以下リンクは大変読み応えのある文章。)

「婚姻制度」の枠組みに入れる人たちが優遇されて、それ以外の人(たとえば一人で生きることを選んだ人)が、不利益を生じる社会じゃ、希望持てないし、やってられないよ。

カップル単位ではなく、個人単位の生活保障のほうが重要よ。

 

 

ただ…

現状、法律婚が出来ると(シスヘテロ*2カップル、戸籍上の性別が異性同士のカップルであれば)、パートナー関係の社会的認知や生活保障に有利ではあり(一応事実婚でも同等の権利は拡大しつつあるけれど法律婚ほどではない)、

その権利を、同性カップルであっても同等に得られるべきだろうという主張が胸を打つのも事実。

なぜなら、こうして、実際に、パートナーの死に関して、辛い経験をしている当事者が確かにいるから。「救急車で運ばれても知ることができなかった」「医療同意できなかった」「死に目に立ち会えなかった」「喪主になれなかった」「配偶者として認められず、名義変更できずに家を追い出された」「遺産相続できなかった」など。

同性婚推進派(反対派)」「婚姻制度反対派」など方向性の違いがあるというのを前提としても、現状当事者が直面している社会的課題や生きづらさを放置していい理由にはならないよなと。

自分としては、哀しい内容ではなく、希望のある声をたくさん聴きたいと思うし、力になりたいし、出来ることをしていきたい。具体的にいうと、自分が属する社会(たとえば職場)でも、沈黙せず、問題提起していきたいということです。ちょっと反応に困られることはあるけれど。いやいや反応に困られないタイミングを狙っていきたいし、LGBTトークが普通の世の中にしていきたいですね。

 

さいごに、こんな記事もあるので、当事者の方々は是非参考にしてみてちょ。

(こっちは半年前に書いた自分のメモ記事)


では今から磯辺揚げを作って寝ます。おやすみなさい✋。

 

*1:当事者間の合意であるはずの婚姻が、日本においては、戸籍制度に縛られ、個人が「家族/世帯」単位で扱われ、「生殖」の圧力をかけられ、国に管理されていることは、おかしなことでもある

*2:シス(ジェンダー):心身の性別が同一の ヘテロ(セクシュアル):異性愛

ダンスバトルしようぜ!(『ジゼル』感想)

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 学生時代、舞踏の先生率いるゼミに所属していて、卒業してからは山岸涼子作品にハマって、『アラベスク』『テレプシコーラ』などの有名バレエ漫画に出会って、愛する山戸結希監督も「女性と身体性(肉体を売り物にすること)」について映画製作のなかで問題提起していて、私のなかで性的肉体そして身体表現は特に関心の強い分野になっていて…

ダンス公演を見つければ定期的に足を運ぶ日々…

去年は京都で舞妓さんとアルヴィン・エイリー・ダンスカンパニー*1に出会い…

そして今年ついにバレエ『ジゼル』を初鑑賞…同伴してくれたみさとさんに感謝…

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 〜あらすじ〜

『身分詐称した貴族の坊っちゃん(実は婚約者いる)に口説かれガチ恋だった村娘のジゼルが彼の裏切りを知って精神錯乱して死ぬ!(第一部)

幽霊になったジゼル。婚前に亡くなった女の霊(ウィリ/ヴィリ)たちは、夜な夜な、男を息絶えるまで踊らせて殺そうとするんだけど、ジゼルは裏切られても尚愛する人を守ろうとする!(第二部)

■ちゃんとしたあらすじはこちら!→ジゼル バレエ作品の解説・あらすじ・ストーリー

感想としては

『ジゼルに片思いしていたアンちゃん一切守られず殺されあまりに無慈悲』

『“殺すか生き残るかのダンスバトル”という設定(笑)』

『群舞のアラベスクが美しすぎて………(*´∀`*)恍惚』 

『山崎涼子の漫画読みなおそう!!』でした!

(特にジゼル題材のこれ…↓)

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いろいろな意味で怖い漫画でね、「ジゼルのように、裏切られても尚、彼を赦し愛せるはず」というような「耐え忍び、自己犠牲的な女性は美しい」という描写について鋭いメスを入れていくという流れです…(バレエのこと知らなくても楽しめます!おすすめ〜!)

 

 

 

それと、舞台鑑賞していて、既視感があって、なんだろうとモヤモヤしていたんだけど…

思い出した!2014年に観た、Cocco主演の演劇*2だ!

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「ジルゼ」って!、文字入れ替えただけだし、すぐにわかるオマージュだったねと…笑

『ジゼル』と同様、第二部で、女の幽霊たちが踊り狂い男たちを殺していくんだけど…

こちらの舞台は墓場じゃなくて、場末のスナック!

しかもCoccoは冷蔵庫から登場!そして圧倒的な歌声つき!

『ジゼル』はひたすら哀しくて冷たい美しさで溢れていて女性が報われない感じでちょっと後味悪かったけど、「ジルゼの事情」は、トーンの明るくて力強い女性が描かれていたのでスカッとした記憶が。享楽的で刹那的で、恨みつらみが、ただしく「怒り」として表現された、解放的な、主体的な死後、とでも言うべきか。Coccoの立ち姿だけで号泣してしまった覚えがある…。DVD化とか、ないよねぇ…。もう一度観たいなあ…

『ジゼル』は毎年どこかの劇団が公演してると思うのでチェックしていこうっとな!

 

 

*1:素晴らしいのでみんな見てくれ!

*2:これこれ!

父の脱皮

ゴールデンウィークの最中、祖父が他界した。米寿のお祝いの席で、「曾孫の顔を眺められるのはいつかなあ?」という親族による善意の暴言が流れても「いいや、あなた自身が幸せならいいんだよ」と微笑むだけで決して暴言には加担しない、そんな祖父が大好きだった。

突然救急搬送された祖父、「保険証の持参忘れを病院受付に責められたので納得いかない」と苛々する母、「そうか…」と沈黙の父、「毎日お見舞いに行こう」と張り切る叔母。その二ヶ月後、延命治療の選択肢に懸けても、嗚呼、あっけなく、逝ってしまった、五月晴れでした。

 

既に四年前、祖母は逝ってしまっているので、どうやら父はついに両親を亡しくたというわけだ、今どんな気持ちだろうか、父の表情は大体いつも変わらなくて、それは通夜でも変わらなかった。それでも喪主として、皆の前に立つ父をはじめて主体的な存在と思えたのだから不思議だ。いままで一体彼をなんだと思っていたんだろう。幼い頃、この人は父親役割を全うすることも演じることもできない人なんだなと気付いて、それからは不思議な生き物だと思って接していた。自分のことでいつも精一杯で、「家庭」という枠の中に嵌っては生きられず、つねに芸術に親しんでいた父。さて、私は彼にとって何者だったのだろうか。娘というよりも、「たまたま同居することになった小人」であり「いつの間にか成長していた大人」であり「わりと趣味のあう他人」であったのかもしれない。私にとっても、父という呼称は便宜上/法律上でしかなく、実際は、沢山の作品を紹介してくれた教養人であり、The Beatlesを愛するミュージシャンであり、寡黙で無機質な変なおじさんであった。役割を担えなくたって、個として十分に関わることはできる。名付けられた関係性に縛られる必要はなくて、個と個の、人間としての関係性が豊かであればそれでいいのだと、私はいつの間にか学ばされていたのかもしれない。

 

通夜が終わり、葬儀場(に併設された大部屋)にて、祖父の遺体と共に一晩眠ることになった。そこには、父、叔母(父の妹)、私、が泊まりこむことになった。通夜で居合わせた祖父の甥が、私の夫の同僚だったということが発覚したので、当初その話題で持ち切りとなった。続いて叔母が「そういえばさ、お父さん(私視点では祖父)のきょうだい関係って」「末っ子だったのに、戦後も家族を養うために頑張っていたんだよね」「お父さんがお母さんと結婚してからは…」と語り出す。そこに居る私は良い意味で空気みたいで、兄妹が生きてきた長い歴史を穏やかに傾聴する。

 

それまで寡黙だった父が淡々と呟く。「そういや…、子供の頃は…、皆の家と比べて、自分の家は大分変なのだと気付いたんだよ」「あんなに親が怒鳴り散らしている光景は、他とはちがくて…、すごく嫌で…、わりとトラウマになっていたんだなあ」

そんな父の独白を、はじめて聞いた私は、得体の知れない感情が湧き上がってきたのだった。

「でも、私が実家にいた頃も、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんは相当な喧嘩をしていたけれど」と、伝えると、「ええ…?そうだったっけか…」と驚いている。「もうその頃には、その環境に慣れすぎて、心が鈍くなって、おかしいとも気付けなくなっていたんじゃないの」と叔母が指摘する。生まれてから今までずっと両親と同居し、過保護なほど愛情を注がれた結果なのかどうかは知らないが、どこか受け身で無責任さがあって、騒音からそっと逃げ出すように、孤独を選ぶことが多かった父。勝手にカテゴラズするのも失礼な話なんだけれど、機能不全家族というか、アダルトチルドレンっぽさが否めない感じもあった。

しかし祖父が入院してから、父は少しずつ大人びていったそうだ(大人に大人びるという表現もおかしいはずだが彼にはぴったりである)。その結果、「私、この人が伴侶で良かったかもしれない」「なんだか、お父さんのことを見直した」と母がぼそっと呟いた。生まれてこの方二十年余り、こんな展開になるとは想像できなかった。呪いでもある親という存在を失うとき、まるで脱皮するかのように、前を向き始めた彼の微かな変化に逸早く気付いたのは母だった。

父の脱皮にも驚いたけれど、それと同様に、この母の発言にも驚かされた。三十年近く一緒にいれば、「この人はこういう人だから」という傲慢ともいえる「理解」が芽生えるものだと思う。それを塗り替えてしまう瞬間というものがあるのか、今確かにあったのだ、人と人はどんな瞬間でも出会い直せるのだ、新鮮なあなたを発見できるのだ、その事実が衝撃だった。

 

 

十代の頃、家族みんながちゃんと揃っていたとき、私はどうしてもこのコミュニティをあいせなかった。あいせなくてもいいのだし、自分の人生をただ充実させればいい、そう思って上京した。幸いなことに「好きに生きればいい、あなたはあなたなのだから」と両親や友人は見守ってくれていたし、最悪、地元に戻らなくても、家族の顔を忘れても、過去を抱きしめられなくても、別にいいのだ、そう気楽に構えられるようになっていた。ただ、亡くなってから初めて知る祖父母の歴史、その両親を失い変わっていく父、諦めていたはずの父という人間を再発見した母、どれもすべてが新鮮で、 いじらしくて、あたたかかった。変わるはずがなかった(そう思い込んでいた)ものが、一気に紐解かれ、再編集されていく、その理屈もトリックも説明がつかなくて、ただただその光景を前に、目頭滲ませ立ち尽くすしかなかった。陳腐な表現かもしれないけれど、ただただ感動するしかなかった。人の死は本当に不思議なもので、それはだれかにとっての再出発の儀式でもあり、生き続けるための必然でもある。四年前も同じことを感じたけれど、四年後の今日もそう感じたのであります。