うれぴっプルン戦記

性的主体性と添い寝とダンス

添い寝フレンドの記事に自己解釈を添えてみる

素敵なソフレ記事を発見しました。

全文は以下の通り。赤文字は私のツッコミです。


>ソフレとは「添い寝フレンド」の略で肉体関係はなく、添い寝をするだけの男女関係のことを言います。

⇒?!

男女関係に限らず、どんな性別・セクシャリティの相手ともソフレ関係は成り立つのでは。(肉体関係の有無については後述してます)

>でも実際、「それだけで満足できるの?」「男と女が一つのベッドに寝て何もないなんてありえない」なんて声も聞こえてきますよね。
⇒そうなんですよね〜。「性的接触」に繋がってしまう人、相手との関係性、状況は確かにあると思う。けれど、同時に、「性的接触」に繋がらずに添い寝だけで完結する人、関係性、状況もあると言えるんじゃないかな。

 

>今回はそんな気になる「ソフレ」関係を持ったことがあるという男女にお話を伺いました。そして実は「一緒に寝るだけじゃない」ことが発覚したんです!
⇒そうだそうだ!もっと言ってくれ!

 

1,ソフレは家族と居るような安心感を得られる

>「小さい頃、お兄ちゃんと一緒に寝てたんですけど、ソフレはそんな感覚なんです」とAさん(22歳)は話します。
>Aさんは先月まで同じゼミの友人とソフレ関係にあったそうです。飲み会の後、終電のなくなったゼミの男友達を家に泊めたことがきっかけだといいます。「飲み会の後って一人暮らしの家に帰るのが寂しいじゃないですか。で、お互い恋人もいなかったのでちょうど良かったんです」。
>ソフレがいると、このようなちょっとした寂しさを埋めあえるようですね。

⇒「家族」が「安心できるもの」かには個人差があるけれども、プライベートな空間で他人が無防備に側にいてくれる(自分が無防備で居られる)という安心感は大きいね。私が経験したソフレ関係も、お互いに恋人がいない時期に、バイトの帰り道、家に立ち寄ったことをきっかけに、なんとなく始まって、独りぼっちの心細さをやわらげてくれていた。他人は自分ではないし、誰でもいつかは死んでしまうという漠然とした不安、あるいは、心的外傷の奥底に触れるというような、「根源的な寂しさ」にリンクするのかもしれないとも感じた。

「あなたって猫みたい」「ふらっと現れたと思ったら、安心した顔で寝て、ふらっといなくなる」と言われていたけれど、言い当て妙だった。家族というよりは猫愛に近いのかもしれない。

 

 

2,ソフレはすぐに関係解消もできる

>Kさん(20歳)はバイト先の先輩がソフレだったそうです。⇒私もそうだったよ!
>「私に彼氏ができたのでソフレ関係を終わりにしました。ソフレだった先輩のことは別に好きとかそういうんじゃなかったので…すんなり終わらせることができました」。

>ソフレはそもそも恋愛感情を抱かない人との間だからこそ発生する関係性なんですね。
>そのためお互いに恋人ができた、といった理由で簡単に関係を解消するケースや自然に消滅するケースが多いよう。後腐れなくすむのは、ソフレのメリットと言えそうです。

⇒わかる。後腐れない。私も、相手に恋人が出来たので、関係解消をした。それからは、添い寝はしないけれど良い友人として関わりが続いている(その後、一度だけ、精神的に参った彼が訪ねてきて、添い寝したら、結果元気になって、故郷に戻っていったことがあった…笑)。

添い寝のできる恋人関係は成り立つだろう。ただ、「恋人」を求めてしまったら、ソフレという関係性自体は破綻してしまうかも。「恋愛感情」「恋愛関係」と一線を引いているというのは、確かにある。

「後腐れないセックスフレンド(これも素敵な友人関係だと思う)」ではセックス(あるいは性欲処理)が目的だけど、ソフレに関しては、目的に添い寝があるというよりは、「居心地がいいから、自然とそうなった」みたいな結果論な印象がある。「添い寝をしたくてたまらないから」ではなく。

 

 

3,ソフレは理想の友達以上恋人未満の関係を保てる

>男性の意見もご紹介します。⇒いいね!どんと来い!
>「友達以上恋人未満って言葉よく聞くけどまさにそんな感じ」。
>Cさん(19歳)はソフレとの関係をそう表現します。一緒に寝ているわけですから、友達以上、でもお互いに恋愛感情はないので恋人未満、ということ。

>「もともと高校の後輩だったんだけど、大学が同じで、仲良くするうちに…相手は好きな人がいるみたいでよく相談にも乗りますよ。普通の友達よりは信頼されてるのかな」。
>大学生になると広く浅い人間関係が広がることもありますよね。そんな中、ソフレは深く信頼できる友達にもなりうるんですね。

⇒この表現はちょっと違うかなあ。深い信頼という部分には共感するけれど。「恋人」が関係性の延長線上にも、可能性としても無いことが前提だから安心できるというか。

「恋人未満」と語ってしまうと、「恋人」が「フレンド」よりも上位のように思えて違和感がある。私の感覚としては、「フレンド(友人と呼べる関係性)」が人間関係の中で一番心地いいので。

 

 

4,ソフレは自分本位で動ける

>Yさん(21歳)にとってソフレのメリットは「お互い干渉しない」点だそう。


>「1人は寂しいんだけど、前にすごい束縛する人と付き合ってて。疲れちゃったんですよね。好きな人だとずっと気にかけちゃうじゃないですか。その点ソフレは便利です。相手に気を使わないので」。
>Yさんはソフレである男友達が昼間何をしているのかまったく知らないといいます。
>普段はお互い干渉せず、寂しいときにだけ添い寝する、という関係はたしかにお互いに都合がよく、気楽そうです。

⇒うーん。いや逆に、「自分本位で動けない関係性」とはなんなのか。束縛前提の恋愛関係が自分には不適切だったなら、「自分本位で動けて、干渉しあわない」恋愛関係やNOを言える恋愛関係を模索していく方向がいいのでは。「お互い干渉しない関係性」は個が尊重されて心地の良いものだけど、ソフレに限定されないと思われます。

 

 

5,ソフレはうしろめたくない

>「肉体関係になっちゃうと、なんか悪いことしてる気分になると思うんですけど、ソフレならただ隣で寝るだけなんでうしろめたくないんです」。⇒ちょっとわからない。
>Mさん(20歳)はもともと寝つきが悪く、なかなか寝れないことに悩んでいましたが、ソフレができたことで熟睡できるようになったそうです。⇒まさにこれ。何よりも熟睡効果がある。
>「誰かが隣にいるっていうだけで安心するんです。ものすごく落ち込んだ日に会うと、ああソフレいてよかったなって。1人だと寝れなかっただろうなって感じます」。⇒うんうん…。
>相手との関係がうしろめたいと癒されませんよね。その点、ただ添い寝するだけ、という割り切り方は精神的に楽なようです。

 

⇒何を「うしろめたい」と思うかは、個人差が大きいかな。世間の常識を気にする人もいれば、個人的な経験や価値観を押し付けて、自分や他人に呪いをかけてしまう人もいるかなと。私としては、肉体関係は全然うしろめたくないし、むしろ自己管理しながら性を謳歌しているビッチさんを格好いいなと思います。

それに、肉体関係がなくたって、添い寝関係自体をうしろめたいと感じる人ももちろんいると思う。人それぞれで、相手ありきのことでもあるので、自分を必要以上に縛り付ける必要もないかなと。ただ、「大切な人」「恋人や配偶者(友人とは異なった契約を結んでいる人)」がいる場合に「相手が嫌がることをしない」ことが大切ですね。「相手が嫌がること=うしろめたい言動」という判断ができると低リスクかなと。

 

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>いかがでしたか。

⇒素敵な記事とインタビューをありがとうございました。そして、突然の自己解釈によるお目汚し、失礼致しました。

 

>ソフレという新しい関係性にはいろいろなメリットがあることが伺えました。
>いろいろな人間関係を楽しみたいですね。(modelpress編集部) 

⇒その通りですよね。「人間関係を楽しむ」という選択肢のなかに「ソフレ」があるといいなって。もしも、添い寝をし続けるなかで、「セフレ」や「恋人」になりたくなっちゃったら、違和感を言語化しながら、きちんと相手と話しあって関係性の変化を面白がってもまた一興かもしれません。望むものや利害が一致するか試行錯誤しながら、時には譲り合えずに破綻してしまっても、オリジナルな人間関係を模索することを諦めずにいたいなって思います。

 

 

 

 

さて、ここからは、よくある意見についての見解、そして、添い寝アンケート(2016)や添い寝作品(2016〜2017)の紹介をします!

「男は、女性と添い寝したらセックスを望んでしまうから、添い寝のみは無理だと思う」について

 

これについては、男性の性自認セクシュアリティ、相手のスペック等が関係してくると思うので正解はなさそう。「女性であれば誰でも欲情してしまう」人もいれば、「女性の年齢や容姿によって欲情するか変わる」人もいると思う。「性欲を他者に抱かない(あるいは共有しようと思わない)男性」や「性欲処理については二次元や偶像を好む男性」もいることだし。

とはいっても、マジョリティとされる、異性愛者で性欲の強い男性からすると、“「性的対象になりうる女性との添い寝」には、セックスへの期待をどうしてもしてしまう。相手が嫌がらなければ、性的アプローチをするだろう”という意見もよく聞く。もちろん女性にも性欲はあるので、好みの相手と添い寝したらムラムラしてしまうという人は性別問わないのだろう。

まとめると、『セックスへの期待が発生しない添い寝関係(非性的な添い寝)』と『時々セックスもするけどそれが絶対条件ではない添い寝関係ー性的行為後に添い寝が約束されている(性行為を含む添い寝)』の2パターンがあるかなと個人的に考えている*1。今回の記事は前者メインだったけれど、後者の「性関係を含む添い寝関係(セックスも楽しむけど、第一に添い寝も楽しむ)」も、全然あると思う。添い寝できる人とのセックスは安心度も高いということもあるし、どちらが本物かとか素晴らしいだとかの格付けはせずにいたい。

 

 

そこで、性自認男性(身体の性は問わず、自分を男性だと認識している人)に聞いてみた


Q,他者と毎日一つの布団で睡眠を取れるか(添い寝できるか)?
A,348人が回答(2016年9月ツイッター調査)
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41%誰が相手だろうと毎日添い寝はきつい
08%誰が相手でも添い寝できる 
14%わからない
 
 
 
 以上の結果になったのが面白かった。案外、添い寝はできないようだ。
なんでこんな調査(?)をしたのかというと、仲良い男性とデートしてたまにセックスもする過程で、「添い寝だけは無理」と断られた経験をしたことがあるから。(相手のNOという意志や価値観を尊重すべきとはいえ、添い寝至上主義の私にとってあれほど辛いことはなかった)
 
 毎日だとキツイとか、一人でないと休めない・無意識に気を遣ってしまう、という意見もあった。あるいは、「相手の肉体(背丈や肉付き)が自分の肉体とあわないと、添い寝は厳しいだろう」というフィジカルな問題も。「抱きにくい抱きまくら」では眠りづらいという感覚に近いだろう。
「男なら毎日女性と添い寝安堵エッチしたい生き物だと思うよ」と、異性愛者代表をするかのように言われたこともあるけど、実際はもっと多様な添い寝観があると思うんだよね。
 
結論として、セックスよりも添い寝のほうがマッチングが難しいのではないでしょうか?!
 
 
 

最後に、最近読んだ『添い寝』描写(があった漫画)の紹介

  

1.押見修造『ぼくは麻里のなか』(添い寝描写は最終巻:9巻)

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結構エッチな内容でドキドキします。女の子可愛い。そしてエロいだけでなく、押見先生は、人間の表情を描くのが本当に巧いのでそれも含めて楽しめます。『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』のあとがきで、「僕は吃音症だったからこそ、漫画家(表現者)になれた」とカミングアウトされているのにも納得。ネタバレ記事は読まないほうがおすすめ。けれど、大体想像はつくので読んでも大丈夫かも。笑

 

 

2,よしながふみ『大奥』(添い寝描写は最新巻:14巻)

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大奥 | 白泉社

 

 

 

 

  

 

amazonレビューで、「性を踏みにじられる(あるいは否定される)苦痛の描写に、いつも泣いてしまいます。これは、物語の中だけでなく、現実にも潜んでいるのかもしれません。それに、気付かないふりをしていても、この作品で言い当てられたような衝撃を受けます」という文章があって、今回紹介した14巻はまさにこれ。その苦痛が、添い寝によって安らいでいく描写がたまらなかったです。ワンワン泣いてしまいました。歴史SFとしても、飽きる瞬間皆無で面白い。

 

3,渡辺ペコ『1122(いいふうふ)』(添い寝描写は1巻)

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あらすじは、上の画像の通り。笑

不倫公認の夫婦の物語で、主人公夫婦はセックスレス(以前夫からのお誘いを断ったことを忘れて自己中になっている妻の描写にリアリティを感じた)。夫はアドレナリン出しながら婚外恋愛をしているんだけど、妻は諒承していて人間関係も円満。添い寝しながら、「この人(妻)に欲情はしないけど、子供の頃飼ってた猫みたいで愛おしい」と安心する描写も。

ただ、夫の恋人も既婚者(こちらは不倫公認ではない模様)なので、フィクションとしては刺激的だけど現実ではアウトだ。続きが気になるけれど、うう、つらい展開になりそうです。

 

 

 

ということで、長くなりましたが、おしまい。

最後に言いたいことは、「性暴力のあるところに添い寝なし」。

読んでいただいて、ありがとうございました。😂

(以下ネットで見つけた関連記事)


*1:「セックス目的のために添い寝する(添い寝が道具になってしまう)」のは別次元のものと考える

十年の月日とカミングアウト

 2007年。当時15歳の私の毎晩の日課は、インターネットの大海を泳ぎ、似たような悩みを抱えたお兄さんお姉さんのブログを読むことだった。セクシュアルマイノリティ(≒LGBTs)に関することは特にそうだった。私は自分の言葉を持っていなかった。

 ある日、生理痛が重いという理由で中学校を休んだ。産婦人科受診した帰り道、大事件が起こった。何の脈絡もなく、外の景色を眺めていた母が、「私もさ〜、、、同性の先輩のこと特別に感じて大好きな時代もあったな〜。」と、私をさらっと言葉で抱きしめたのだ。「…へぇ。そうなんだ。」としか返せず、目を合わせることもできず、助手席で滲み出る涙をこらえた。沈黙しか選べなくて、自宅へ戻ろうとする軽自動車のエンジン音だけが耳に響いた。10年前のことなのに、それを今でも思い出す。15歳。私には、特別な存在と思える女の子がいた。それをかしこまって伝えたことはない。だからこそ、距離感を測りかねていた、それでもその日恐れながら一歩踏み出してくれた、母の不器用な勇気を、今でも思い出す。反抗期ということもあって対話なんて出来る状態ではなかったけれども、彼女は信頼できる人間かもしれない、と感じた瞬間だった。

 2017年。久々に帰省したら、50歳を過ぎた母が「トランスジェンダー」と書かれたメモを壁に貼っていた。驚いて、「これ、どうしたの」と聞いたら「TVで当事者の声を初めて聞いた。存在を忘れたくない」という。私は沈黙せずに、「忘れないで。」と、語ることができた。当事者か非当事者か、強調することはないけれど、当たり前のようにお茶の間で話題にできるようになったことが嬉しかった。10年前と比べて、LGBTsという言葉が一部の層以外にもようやく認知され始めたのだなと実感する。

 

 

異性愛者が「結婚」「出産育児」「種の保存」などでしか性愛や自己を語れないのだとすれば、私たちはもっと「悩む」べきだったのかもしれない”

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今年、出版10周年となる『カミングアウト・レターズ』(RYOJI・砂川秀樹編著)。

(リンク先にある感想文を一部引用させていただきます。)

 私は異性愛者ですが結婚せず子供もいない女です。
これから自分が結婚して子供を連れているビジョンも浮かばない人間です。
(中略)
好きでもないのに将来の安定や親の為に結婚できるほど打算的にもなれない私は子供を産める肉体的なタイムリミットが近づいてきた最近、特に焦りを感じていました。
そんな時にこの本のなかの村上剛志さんへ送られたお母様の手紙のくだりにあった
「あなたの遺伝子は、どこかの誰かが引き継いでいてくれるから、自分の血を引く子にこだわらなくてよい」という引用文を読んで、とても気が楽になりました。

 

いつか言わなきゃ、いつか言わなきゃ、と、思いながらも、言えないまま、ここまで生きてきました。
この本には、そんな「いつか」を経験した子どもと親が、或は、生徒と教師が、自分がゲイであること・自分がレズビアンであることを語った「いつか」のことを、思い返しながらやりとりした手紙が収められています。

 こんな自分だけど、あなたと一緒にこれからも生きて行きたい。
 どんなあなたでも、あなたと一緒にこれからも生きて行きたい。
 そんな風に互いを想いやり、確かめ合い、新しい関係を、これまでの関係を、これからも生きていくこと。
 カミングアウトをするということは、大切な誰かと一緒に生きていくことを考えるための、行為であり、プロセスである。そんなことが、この本には書かれています。

 この本手紙を書いた人たちは、あなたにとっては他人かも知れないし、あなたの家族に、或は友だちには、こういう“問題”を抱えている人は、なかなか“いない”かも知れない。けれども、これらの手紙は、確かに、いつかの僕へ、そして、いつかのあなたに向けて書かれた手紙でもあります。

 LGBT当事者の方は勿論ですが、特に、お子さんをお持ちの方・いつか子どもを育てたいと考えている方には、読んで頂きたい本です。

 

 私を変えた本、『カミングアウト・レターズ』(2007年出版)。

 この本は、上京してはじめて出会った、「セクシュアルマイノリティの人権」について問題提起しているアライ*1のお兄さんに紹介してもらったもの。すぐに図書館で借りて、クリスマス近くに、自宅で一人でこっそりと読んだ。たいした暖房器具もなく、真冬で凍えるほど寒い部屋だったのに、いい意味で興奮してしまって、体内が活発に動き出したのを感じた。読了後、すぐに携帯を取り出して、お兄さんに連絡をした。自分について、カミングアウトしたわけではない。内容は覚えていない。ただただ、「ありがとうございました」と泣きながらメールをしたんだと思う。19歳。それから視界が開けた。憑物が落ちたかのように。

 

 「カミングアウト」は、「すべき」ものだと強制される/するものではないし、したからと言って偉いとかすごいという訳ではない。告白自体を、おそれる人もいるし、容量オーバーする人もいるから、慎重にならざるを得ない側面もある。内容によってにはカウンセラーなど専門家ではないと対応しきれない告白もある。秘めていたほうがお互いにとって良いことだってあるかもしれない。だとしても、自分が一緒に生きていきたいと思える相手に、あるいはこれからの未来を生きていく若者に、自分が抱えてきたものを懸命に伝えようとする人の勇気に、敬意を払いたい。そして、それを静かに受け取って、その秘密を自分の胸の内から零さずに守れる人でありたいと思う。

 

Q.今日この記事を書こうと思ったきっかけ

A.先週、「いいな」と思えるサイトを見つけたこと。

NPO法人バブリングさんのブログ内にある『カミングアウトストーリー』。

 セクシュアリティのことはもちろん、それだけではなく、障害やご病気、マイノリティ要素を持つ自分の人生、それに伴う葛藤や選択が、人生の数だけ、語られている。特に、カミングアウトする本人と身近な他者との対話形式で綴られた記事は、読み終えるのに時間がかかった。何年もかけて関係性や自分自身が変化したり徐々にやわらいでいく描写が、こそばゆかった。「告白(カミングアウト)」するかどうかはタイミング次第であるけれど、代わり映えのない日常を諦めなければ、小さな関係でもそれを疎かにしなければ、目の前の相手との力関係に気付いて改めていければ、得られるものがありますようにと、私は祈る。何事も、始めるのに「遅い」ということはないと信じて、この先も、他者と関わり続けたいなとも思えた。自分の歩幅で、今出来ることをゆっくりやっていけたらいいねえ。

 

*1:LGBTレズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー)の当事者ではない人が、LGBTに代表される性的マイノリティを理解し支援するという考え方、あるいはそうした立場を明確にしている人々を指す言葉。「同盟、支援」を意味するallyが語源。

女性限定シェアハウスが面白そうだ

 先月マンションの更新をした。夫は携帯を持ってないため賃貸契約ができず(保証人にもなれず)、結果、私が世帯主として事務手続きを担当している。

 上京して八年になるけれども、「同じ家に二年以上住み続ける」ことは今回が初めてで、あるゆることが、穏やかに収束したんだなあとしみじみ感じる。以前の私にとって「家」というのは、寝床に過ぎなかったけれど、いろんな「家」を経て、現在の私にとっては安全で安心できる生活拠点となった。同居している相手との相性が良いのかもしれないし、私自身の心境が変化していったのかもしれない。

 とはいえ、元々飽き性ではあるので、引っ越したい気持ちもムクムクと湧いてくる。近所の気になるお店は制覇できそうだし、散歩コースも幾つも開拓したし、近隣区はサイクリングした。スーパーの品物の並びも覚えたし、真横にあるコンビニ店員の名前と顔も一致するようになった。

 「引っ越し、したいねー」と語らうけれど、なかなか夫の腰が上がらない。ひとり暮らしのときならパパっと不動産屋に行って部屋決めて荷造りして行動しちゃうんだけど、相手を無視して引っ越したりお郷に帰るわけにもいかない。

 単身なら、東京に拘らずにどこへでも飛んでいったかもしれない。鎌倉や、京都あたりの物件情報を眺める日もある。東京のこと全然知らないくせに、八年住み続けている事実が重くて窮屈で、東京じゃない場所に逃げ出したいというのが本音ではある。ただ、相手の仕事の都合もあるし、都内しか選択肢がないのが現実だ。うーん。都内なー。家賃高いんだよな。

 

 近所に別居して暮らすという手もある。あるいは同マンションにそれぞれ部屋を借りるとか。同居は絶対ではない。お互いシェアハウス運営したっていい。

 

 

suumo.jp

 昨日、台東区の小規模なシェアハウス物件を見つけた。

 ここに、女友達2〜3人で住めたらどんなに楽しいだろう、と思った。

 部屋は狭いけど、トイレ各階にあるし、シェアすれば生活費計3万位で激安だし。

 ただ、女性の定義は不明。

 (女性=性自認女性なのか戸籍上女性なのか見た目女体であればいいのか等)

 もし興味ある人(最低1人は面識有りが望ましい)いたら連絡ください。笑