わたしを引き受けていくために在る身体

わたしというこの身体が幻想であってほしいと願う日があるけれども、この身体がわたしをわたしたらしめるのだと思うと本当に救いがないし逃げ場がない。

先日、事故に遭って生死を彷徨った人を講師に招いての講演会を担当することになった。視聴申し込みは200名に達する勢いで有難いことだった。最終原稿を預かったとき、何度もその言葉が私の中を反芻した。

《どうしてこんな身体になってしまったのだろう》

 

その人は生活を転換せざるを得ない重い後遺症と共に今を生きている。自分の人生を切り拓き社会的に活躍もされている。十年前の退院後に語られたその言葉。変化した自分を受け入れてくれない社会に、他者に、そして自分自身に何度も問うた言葉なのだろう。

 

人生の途中で思いがけない不運が起きる。その出来事がなければ全く違う道を歩いていたかもしれないと想像する瞬間がある。思い描いていた未来や人との営みを一度分断させられる体験でもある。そして失ったものを理解してはじめて自分が何を持っていた(いなかった)のかを知る。時は戻せない。戻せないどころか、これまで正確に刻んでいた時計の針が揺らぎ歪んで、過去と未来が混ざり合って、現在の中で行方不明になる。トラウマと悲嘆が染みついた身体性である。

 

生き延びていくために、グリーフケアと修復的正義という響きはいつも私の灯台であったように思う。死にゆく人と愛の関係を再構築する技術 第5回:グリーフケアと修復的正義を受講して一ヶ月が経つ。繰り返しアーカイブ配信を聴いている。袋小路のようなこの身体から立ち退きたい朝がある。嗚咽の止まらない夜がある。子守唄のようで、激励のようでもある水俣についての語り。講義の中で、どんな社会運動やコミュニティでもかならず内部分裂がある事についてが語られる。良きことをしている団体とは理解しても、支持できないし受け入れられない、そういう引き裂かれる思いを誰もが持ちうる。しかし水俣というコミュニティは60年以上かけてそういう内部の葛藤と分断の中をやってきたのだという。予期せぬ出来事の後、尊重されたと感じる人、尊重されなかったと感じる人、被害を受けた人、加害の立場にある人、傍観するしかない人、その土地で新たに生まれる人。そういった複雑さの中で人々が分断されていく。その構造を揺さぶるのが、水俣で語られてきた「非人間たち」だった。汚染された海、魚、死者を模した石像。語らない存在を通して、非人間たちに対してわたしたちは共に謝罪し、責任を持ち、対話への可能性を持つ。分断された地を悼みそして耕す。生活者として生き延びた先にこそ草の根の芸術が拓かれる。その時はじめて、人間と人間の修復を願い始められる身体がやってくる。

杉本栄子さんが、非人間として魚の言葉を語る。「怒っている」「謝ってほしい」「でも一番は思い出してほしい」「不在にしないでほしい(忘れないでほしい)」―忌まれて、いないことにされて、存在を語られなくなったものたちはどんな表情をしているだろう。忘れ去られた身体はどこへ行くのだろう。怒りさえも失って取り残された地で、この身体を脱ぎ捨てたくなるこの不条理を、いったい誰が引き受けてくれるのだろう。―彼女が、生き延びる象徴としての鰯(魚)と出会うしかなかったように、私にとっての象徴が添い寝であったことに気付かされる。欲望し努力し探し続けて手に入る類のものではない。けれど一人ひとりに必ず巡ってくるもの。非主体的な体験であり偶然授けられる贈与。そんな象徴と出会えたとき、身体のほうがわたしを引き受けようとする。わたしが身体を引き受けるのではない。あの世に飛んでいかないように、身体がわたしをこの地に接続するのだ。肯定や否定という観点もない、死にぞこないのこの身体を(で)生きていくための命綱。わたしの身体の中に、これまで出会った人たちの身体が眠っている。だれにも届かない、宛先のない祝辞を読み続けることが、私にとっての恩返しであるから、いつまでも、ずっと添い寝について書いている。

 

《どうしてこんな身体になってしまったのだろう》

醜形恐怖に悩む人、性別違和を抱える人、トランジションしていく人、被暴力の記憶が再演される人、中途障害を持つ人、大きな喪失を経験した人、死を迎える準備をする人。奪われた身体を取り返す。もう取り返せない身体を生きる。身体の輪郭を探したり、時に諦めたりする。様々なサバイバーの日々そして身体に思いを馳せる。生き延びてきた歴史をどう語る(語らない)かは、その人だけが決めていいことである。だれもその言葉と沈黙を代弁することはできない。

 

あなたを自分の過去に連れて行きたくはない。海の中ではなく、共にここで息をしたい。統合されないみっともないこの身体、望みはしないのに勝手に喋り始めてしまうこの身体のせいで、傷つけてしまったたくさんの人たちがいる。しかし、いつも思い出す。彼らは決して私の身体を透明にはしなかった。その事実が、今も私を生かし続ける理由である。