墓場でキスをする(2021年6月近況)

f:id:kmnymgknunh:20210602195819j:image

青野くんに触りたいから死にたい』というとんでもない傑作がある(なので15年ぶりくらいに月刊誌を購入してしまった)。

数日間付き合ってすぐに死んでしまった恋人「青野くん」が不在の世界で生き続ける意味はないと強迫的に後を追おうとした優里ちゃんと、それを契機として「人ならざるもの」としてこの世に戻ることを条件つきで許された青野くん。

所有して独占して同一化して蕩けて溶けちゃうような関係性は死んでしまいそうになるくらい気持ちよくて取り憑かれたように幸福でヌルっとジメジメして這い上がれない暗い場所だってことを思い出させる物語である。恋愛を描いているようで、愛という名前で括られるすべての関係性(親密圏)にひんやりとメスを入れて血肉を広げるような刺激的な物語である。

残飯の描写が不気味すぎる。選ばれなかった食材。傷む生モノ。誰もいなくなった空間。それを廃棄する人。宴は永遠に続かない。誰ともぴったり重なれない。墓場でひとり。そういうことが一コマに詰まっている。「人ならざるもの」の身体、死者の身体、生者の身体。それらが混ざり合って私の生きる肌にべったりと触れてくる。夏の夜にひとりで読むと寒気がするかもしれない。

「あなたに触れたい」という欲望。アサーティブ・コミュニケーションを目指して自他を尊重しましょうと皆が唱える時代、私たちは非暴力に努め工夫しながら欲望を満たそうとする。しかし「人ならざるもの」の身体はそんなのお構いなしにやってくる。身勝手な欲望をこれでもかと言うくらい露悪的に伝播させる。だから思いやりとは真逆のことが起きてしまう。そんな世界でどうやってI LOVE YOUを表現できるだろう?と問いかける寓話。選ばれない人を生み出す痛み、選ばれることの苦しみを抱える幽霊の青野くんと、選ばれて求められる喜びを一度も知らなかった優里ちゃんが肌を合わせることの意味と結末は何なのか、それを想うたび泣けてきてしまう。

 

****

 

一昨日は、「#シェアハウスでの性暴力」というトークイベントに参加した。性や暴力の話を茶化さない空気をひとりひとり作っていくことの重要性を再確認した(発起人の皆さま、ありがとうございました)。私は、「こんな場所に来たのが悪い」「あなたにも非がある」と疎まれた経験を持つ者同士で連帯したり文句言ったり交渉したり再訪できる道が残されてほしいと発言した。実際に自分がそういう連帯に励まされているからだ。

その一つが、メンヘラを自称する最高の女ともだちである。彼女と「共に暮らしたシェアハウスは私達にとってのポケモンセンター(療養所)だったね」と語る夜がある。自身が内包する加害者性と被害者性・強靭で脆弱な精神についてを掘り下げて語り合う夜があって、もう会えぬ人々を想う夜がある(連帯できなかった、もう会えない人のことを私たちは何度でも思い出している)。被害者ぶってはいけないし、自分で責任を取らないといけないという暗黙の了解もある。何故ならお互いに傷つけあったからだ。責任を果たすとは、トラブルが起きた原因を考えて、後から自分の感情や過ちを見つめて理解をしようと努めることに他ならない。一方的に修復を望むことは身勝手だということも学んだ。

その女の子とは時差ありで恋人が被ったことがあった。私と彼が別れた後に、彼と彼女が付き合って、そのまま愉快に3人で暮らした時期があった。今は私と女の子のみ縁が続いていて「あの彼は本当に可愛かったねえ、元気かな。」と語ったりしている。今思えば、奇跡みたいな時間だったのかもしれない。非恋愛関係に形を変えることができたことも有り難かった。親密な時間を経由した3人で住まいを共にできて本当に楽しかったのだ。彼から「性被害に遭ったからといって、男性に憎悪を向けないで」と叱られたこともあったし、彼と私で精神的に揺らぐ彼女を支えた夜もあった。きっと二度と手に入らないだろう、奇妙で貴重で綺麗な思い出。

 

****

 

今日は一人のセックスワーカーが客に殺害されたというニュースとそれを矮小化して揶揄する職業差別を見聞きして、心身ともにダウンしてしまった。訪問診療中の医師が患者に恨まれて刺された事件を何件も知っているからこそ、暴力やハラスメントは、密室な空間/関係性を持つ対人サービス業で起こりやすいもの(だからこそ対策が練られるもの)であり、セックスワークだけを取り出して廃止を論じることの無意味さを思う。セックスワーカーヘイトクライムに遭う背景には、それを個人や業種に責任を転嫁させる構造・社会に跋扈する偏見や差別が強く影響している。どんな仕事であっても搾取は起きる可能性があるし心を病むことがある。Sex work is work。より安全で権利行使できる労働環境、特定の業種が見下されない社会を目指す以外にないだろう。二度とこのような痛ましい事件が起こらないように願いたい。そのために行動していきましょう(自分の出来る形で)。

参考:セックスワーカーの権利運動が目指す 「職業差別」撤廃

f:id:kmnymgknunh:20210602215557j:image