サバイバー紀行(10日目)

5月7日(金)

 

■10時45分

今日は京都シネマに向かう日。目当ては『戦場のメリークリスマス4K修正版』。大島渚監督が京都の人なので、この土地での初日上映に行きたいと前々からチェックしていたのだ。緊急事態宣言発令中も上映していることを確認。午前11時35分の1回のみ。f:id:kmnymgknunh:20210508161121j:image

■11時50分

下宿先から5㎞の距離なので余裕だろうと高を括っていたら、自転車を停める場所が見つからず道も間違え鴨川に出てしまう。15分遅刻。受付で途中入場は出来ないのです…ごめんなさい…と断られる。ああ無念。なんとか効力感を得たくて、初日特典のステッカーが欲しいと伝えるが即終了してしまったとのこと。関西にたくさんいるのであろう大島渚ファンがこの機会を見逃すはずないですね…。仕方ない、明日のチケット予約をして去る。映画館の入っているビルは、間隔を開けて椅子が配置されているので、横並びにぼーっと座っている人たちが多数いる。私もその中に混じってぼーっと座っている事にした。

 

■13時

市内の美術展を検索するが、ほとんど緊急事態宣言で延期になっている。気になる展示(アプデ輪廻)はインターネット上で作品と出会うオフライン個展だった。身体を持って行ける目的地がほしいが見つからない。とりあえず再びそのままぼーっとする。

 

■14時

腹が減ってきた。近くに美味しいカレー屋さんがあるようだ。雨が降ってきたので小走りで向かう。中辛カレーのみの取り扱い。辛いが中毒性のある味。ピクルスとのバランスも整っている。コーヒー牛乳もお供にと注文。中央の梅干しは食べずに飾りにしてしまったすみません。


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食後は大垣書店で本を物色。
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偶然見つけた、26人のがんサバイバーによる短歌集を手に取る。これまで出会ったたくさんのサバイバーの知人友人たちの顔が思い出される。

「通り魔の ような「子どもはまだなの?」に どうして 笑わなきゃいけないの」

「深い青 三浦 海岸 エヴァの海 宿らない赤 私の子宮」

「幾度でも 愛でてあげよう 手術痕 わたしを生かす 薄桃のすじ」

「冬瓜が とろり澄みゆく瞬間を 見逃さないこと 生きてゆくこと」

「叶うこと 叶わないこと 数えても 数が合わない 答えが出ない」

「ひと粒の 薬にからだを乗っ取られ わたしがわたしで なくなるわたしは」

「髪の毛と 眉毛と睫毛 それとそれと 目には見えない 鼻毛ください」

「消毒液の 匂いの中と 雨の中で 眺める花火は 美しかった」

「思い出は 最期の記憶に沈められ 彼をそこから 引っ張り出したい」

叶うこと 叶わないこと 数えても 数が合わない 答えが出ない  本当にそうだよなあ。あとがきで、『食器と食パンとペン』の短歌「散髪の帰りの道で会う風が風のなかではいちばん好きだ」にも触れられていて良かった。数年前『食器と〜』が発売された時、京都での発刊記念個展に行ったことがある。うれしい再会だ。岡野大嗣は「忘れたくないものを忘れるために短歌を作るのだ」とも述べていた。きっとそうなのだ。忘れたくないものを忘れるために筆を持つしかない日があるのだろう。


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■18時

パン屋とケーキ屋を新規開拓する。
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想像以上にプリンは艶やかだったし、京野菜・水菜サンドは瑞々しくて至福の味だった。

 

■20時

京都の知人が暮らしている(と思ったらその人は暮らしていなかった)シェアハウス「エスコーラ」にお邪魔する。広い庭と茂る木々。文化のジャングル。天空の寝具。不安定な梯子。子どもの頃こんな場所に住みたかったなと恋い焦がれるような、謎多き開かれた土地。京都出身ではないが京都で場作りをしているという初対面の方々とワインを飲んで、ラムネで疲労回復したりして、愉快な時を過ごす。私の口癖は「LOVE」なんだけど、目の前の素敵なギャルが何回も「PIECE」をするので、LOVE&PIECEの概念が宙を舞ったりした。アナキズムと踊り念仏の話も良かった。飛び跳ねる人は愛しい。凛とした眼を持つ人がいて、その境界線をなぞりアイライナーを引きたくなるという場面もあった。自身の中から他者に化粧をしたいという感情がわき上がったことに驚いた。そんな感情というか欲望はどこか遠くに置き忘れていたからだ。化粧する/されるという関係性は非性的でエロティックな行為にも思える。仮初めの姿で踊ること。変身の共犯者であるということ。ダムタイプS/Nの影響もあったのかな、ドラッグクイーンのメイクを学びたくなっている。あっという間に23時。宿泊の準備をして来ればよかったと後悔しながら帰宅する。

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書き損じてしまったけれど、5月3日にも新しい出会いがあった。大阪南森町のマンションで古本屋をしているという人と、パートナーでありOLであり圧倒的存在感漂う人が下宿先に来ていて、30分間ワインを飲み交わしたのだった。振り返れば、今回の旅行(逃避行)で20名ほどの新しい出会いがあったと思われる。ご縁とタイミングに乾杯である。

そもそも、東京の大切な友人たちと訪れるはずだった場所もたくさんあった。彼女や彼が来れなくなってしまったので、私が代わりに佇むことになった。また京都に行けるタイミングがあれば、エスコーラ再来はもちろんのこと、予定していたおごと温泉天橋立由良川などにも行きたいなあ。京都でしか会えない人との交流も素晴らしいことだが、どこでも会える人と旅先で出会い直すということこそが必要だったりするものだから。