サバイバー紀行(2日目)

4月29日(木・昭和の日)

 

■12時

睡眠不足とワインの影響か、昼過ぎに起床。いつもと違う肌触りの布団の中で今日は何をしようかと迷う。網戸や雨戸がない窓の外は大雨である。新宿は豪雨だろうか。1時間位経過。腹が減ってくる。家主に紹介された東九条のカフェに行こうか。店舗を検索すると緊急事態宣言で臨時休業。困ったな。東京の友人が息子さんたちを連れてこちらに来ていたっけ。イベントの打ち合わせも兼ねて会いに行こうと思い連絡を取る。夕方に合流する約束がつく。

 

■14時

鏡を見る。頬の赤みが引いたのでほっとする。私はアトピー性皮膚炎持ちで、心身の体調を崩すと肌も荒れ地になるし、少し日焼けするとポツポツと湿疹が出てしまう。とりあえず化粧をして着替える。昨日がdenimday(1992年、デニムは同意がないと脱がせられないはずだから無罪という判決に対抗するためにイタリアで始まった運動)だったのを思い出してデニムを穿く。鏡を見るとやはりパーマが取れかけている。適当にヘアオイルを塗りたくるが正解がわからなくて困ってしまう。ま、可愛いだろうと自分に言い聞かせる。友人との待ち合わせまで自室でPCを開くが何もできずぼーっとしてしまう。

トントン。

突然、子どもが現れる。昨夕出会ったアーティストがそこにいて、「忘れ物を取りに行く間、この子を少し見ていてもらえないか。」ということだった。もちろん歓迎する。おいで、と招き入れる。あちらも緊張していて、名前を聞くと沈黙。年齢を聞くと「さんさい」と答えてくれる。この部屋から出て館内を探検したいか聞くと首を横に振る。私の部屋を安全な場所だと認識してくれたようで、何に興味があるか一つ一つ確認し、「昆虫」の学習動画を一緒に見る。私も勉強になる。

 

■15時

ドリルの音を怖がってしまうそうなので、まだしばらくこの部屋で過ごすことにする。童謡を歌う。リラックスしてくると声が大きくなりジャンプする。私は飛び跳ねる人が好きなので、嬉しくなる。スマホのピアノアプリで演奏をする。買ってきたもらったおにぎりを一緒に食べる。心配になるほど一口が大きい。窒息してしまわないよう丁寧に見つめる。私が持参したキラキラしたイヤリングを耳につけたいという。耳たぶの重みに喜んでいる。顔を振るたびに耳から垂れる金色の三角やお星さまや霞草が揺れる。美しかった。この子のことだけを考えていれば良い時間に慰められて、自分の徒労を知る。

普段から育児に携わっている人が散々悩んでいるであろうジェンダー規範を思う。なかなか適切な教材が見つからない。お子さんの性別や望む遊びを私が決めつけてもいけないし、私も自分の性別をどう表現したらよいか迷う。自分のことを「お姉さん/お兄さん」「おばさん/おじさん」と名乗るのには抵抗があるので、沈黙する。私のバイアスがかかっても良くないので、親御さんの意向も事前に確認しておけば良かった。

 

■19時

お子さんとお別れをして、片道50分くらいの友人と息子さんたちの家に行く。手作りのタコライスをご馳走になる。

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ずっと暮らしたくなるような安心感のある空間だった。人生にリタイアしているという話をして笑ってもらう。奔女会と奔人会の打ち合わせと下見をする。グラウンドルールの紙芝居を東京に忘れてしまったので印刷が必要だと気付く。晴れた日にこの庭でお酒とケーキを味わえるなんて楽園のようだと思った。

 

■21時30分

ソーシャルグッド業界で起きた性暴力問題を考える女たちとノンバイナリーの会(ZOOM)に参加する。遅刻の上、配慮の足りない登場の仕方をしてしまい反省する。この会には肩書のない有志が集っている。私も、専門家でも支援者でもなく一人のサバイバーとしての立場で参加することにしている。

そこで「当事者であることは、その問題から逃れられないということで、闘わない以外に生きられない。という自分に刻んだ呪いのような祈りから解放されたい」と感じ、抵抗なくその言葉が身体から出ていく場面があった。それは在日外国人への差別について話題になったタイミングだった。非当事者に「あなたは休んでいていい。私たちが代わりに闘うから」と言ってもらえて、「当事者は闘わなくてはいけないもの」という声から開放される日があるという語りの中だった。そういう日が来ると期待したい、微かな希望を持ちたいと表明した。今までは希望さえ持てなかった。生きていると、自分が突き動かされていくような出会いがやってくる。不思議だよねぇ。

ハラッサー体質の人ほど、問題を指摘されると他者を拒絶するし、「いい人」でいることに執着するという話も出た。そしてそういう人ほど「悩み続けて、この問題に向き合います」という表明だけを繰り返すという話もした。それにつく大量の「いいね!」に魂が削られるという話をした。気付けは深夜の1時近く。銭湯に行くタイミングを逃してしまったので下宿先のシャワーを借りた。眠くてたまらないけれども自分の感情に振り回されてなかなか寝付けない。なんとも愉快な夜だった。