人生、添い寝にあり!

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賢くて主体的で逞しい女、愚かで受け身で弱々しい女

前書き : 女 = 人 に置き換えてもよいとも思うので好きに翻訳してください


「賢くて主体的で逞しい女」と「愚かで受け身で弱々しい女」が、天秤にかけられたり分断されたり優か劣で判断されない世の中であってほしいなとこの頃ふと考える
世の中に期待するよりも自分がそれに自覚的であれば良いだけの話かもしれないが


賢さも主体性も生き延びる力も、持てる時と持てない時が誰にでもあるし、今選択できているはずのものもこの先変容していくかもしれない
私たちは、弱いままで静かに動けない時があっていいし、弱いが故に激しく崩壊する時があったっていい
良い女か否かという尺度で女を分裂させなくていい
賢いという表現の中で愚かさを切り捨てなくていい
主体的でかつ受け身だっていい、逞しさとは弱々しさのことだと捉えたっていい


連日、
不甲斐なくて溜め息の方向に悩むような報道を全身で受け止めて生きていく訳です

美しいと信じられるものに出会えているか?
限りない自由に満たされた日があったか?
排除という孤独の前で真正面から裸になれたことがあったか?
引きずり込まれそうな夜、だれかの寝息に耳を澄ませたことがあったか?


生きようという決意や覚悟のようなものは、どうも自覚しないとすぐ後退してしまうようなんです


わたしの声を聞いてくれと叫ぶ姿はどこか懐かしく恥ずかしいから、幾時もすれ違い、小馬鹿にしてされてを繰り返すうちにもっともっと後退していくようなんです


叫び方を忘れてしまった人たちに警告として捧げたい
怒りを、苦しみを、寂しさを叫ばないと生きてはいかれないのだと
満たされたいと叫んでいいのだと
助かるまで助けを求めつづけていいのだと
窓をあけて、水を浴びて、この部屋から出ていいのだと


実は 週末観る予定の映画のタイトルがとっても良いんだよ


” 風は生きよという ”


風によると、わたしたちは生きていていいらしいんです
そよ風は流れていく、前方からも後方からもまた吹きはじめてくる

(ここまで書いて、大島弓子の『ダリアの帯』*1が何故か浮かんだ)


昨年出会った演劇団*2の表現という形の叫びを受けて、人生の危機という文脈で回復を紐解く『プシコ・ナウティカ』を読んで、私も愉快に生きる方法を編み出す側になれたらいいなと強く思うようになった

私(あなた)は私(あなた)のままで生きていていいのか?と問い詰めるような卑劣で哀しい事件が後を絶たないけれど、当事者Aではない当事者Bとして、わたしもわたしなりに出来ることを考えていきたいと思っています



おまけ:最近エンドレスで聞いている音楽(ゲーム音楽の中で踊ること、オペラ鑑賞が人生の楽しみ。tofubeatsには敬意を込めて)

ゼルダの伝説25周年記念 大妖精のテーマ オーケストラ演奏映像

LoZ: Link's Awakening ReMix by Nostalvania: "Have Ship, Will Travel" [Aryll (WW), Mabe] (#3399)

tofubeats「RIVER」

Best Opera Arias: Turandot, La Traviata, Rigoletto, Cavalleria Rusticana, La Boheme, Aida, Norma...

*1:「仕方ない命」なんかなかったという思いを誰にも受け止めてもらえず深い傷を負った主人公が狂った果てに風となる物語、散々に自分を傷つけた男にさえも罪を背負って生きよという

*2:精神障害や依存症、社会的疎外を経験した役者で構成された劇団:arte e` salute 今年も来日するので絶対観に行く