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うれぴっプルン戦記

性的主体性と添い寝とダンス

すこやかにやめた

今日で勤務最終日ということで皆さんにご挨拶した。号泣してくださる人もいて予想外過ぎて驚いた。歳上の女性から個人的に金品を頂いた。わりと高額だ。学生時代も何故だか職場の女性からプレゼント頂くことが多かった。靴や洋服、なかにはブランド物など。15歳から30歳くらい年上の(幅広い年齢の)女性に好かれやすいのでかなり女社会で生きやすいのはある。理由はよくわからない。姫属性皆無の向上心と愛嬌ある平均顔女だからかも知れない。

多くのノンケ女性が私に向けてくれる「性欲が介入しない好意」は素直に受け取りやすいので助かる。逆に性欲が絡むと面倒事になるので、恋愛や性的ニュアンスが少なからず発生する関係性の場合、自身にその気がないのならタダで物を貰ったり奢られないほうが得策だ。

花束貰えるかなと期待していたけどそんな展開にはならず(爆笑)そもそも退勤日は月末なのでその時に今月二回ほど送別会をやってくれるとのこと。「コミュ力皆無の陰キャラなので送別会やらなくて良いです。むしろやるな」と同僚に伝えたら「コミュ力炸裂で親しみ易いお前が何を言う」とムッとされたのだけど、それが課長にも伝わっており「じゃあ主役を複数にして送別会っぽくない飲み会にするからおいで」と言われた。たくさんの方々に「いつでも戻っておいで」と言って貰えたのも、社交辞令とはわかっていても凄く嬉しかったし有難かった。 (人間関係が最高の職場なのでもし転職先に悩んでいる方がいればぜひおすすめしたいです)

上司や同僚と笑い話をして、握手して、退勤時刻が1時間近く延びて、18時からの美容院の予約に遅刻してしまった。美容院ではいつもの狐顔美形青年が担当してくれた。その尊容を拝見する。ごんぎつねを思い出す。しばらくホラー映画の話をした、すると唐突に彼が電車内で中年男性に顔を押し付けられそうになった経験を語られた。「痴漢こわいですよね」と何故か同意を求められた。ここで自分が痴漢被害に遭った経験を語っても空気が悪くなるので「大変でしたね」と適当に流しておいた。

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アッシュ系の髪色を要望した。といっても5年間黒髪だったのも関係して希望のブルージュというカラーには上手く染められず、普通の茶髪になった。次の職場で「もっと暗い色にして」と指示があれば黒に戻すと思われる。しばらくの有休期間はこれで過ごしてみようと思った。ほんとうは坊主にしたかったのだけど、勇気がなくて出来なかった。いつか、自宅勤務か無職になったら坊主にします。この間、坊主のママさんに出会ったのも、えらく影響してる。

とにかく、正月から悪夢ばかり見る。転職先で叱られる夢。自分の非力さが情けなく泣いている夢。こんなにダイレクトな夢ばかりで嫌になってしまう。はぁ…………。頑張らなくちゃという気合と不安が入り交じる毎日です。

 

ごんぎつねと聞いて、小学校入学してからの4年間、私は言葉を発することが出来ない子どもだったことを思い出す。授業での受け答えはできるが、それ以外の場面では一切言葉をやりとりできなかった。同情した同級生に「あ・い・う・え・お」を音読させれたこともある。それくらい寡黙だった。しかし小学4年生の冬、転機が訪れる。「ごんぎつね」の芝居をやることになったのだ。そこで私は無我夢中で台本を読み台詞を暗記し、音楽の教科書を手本にピアノ伴奏を練習した。通学が生きがいとなっていた。そこで私はリーダーシップを取る。周囲は本当にびっくりしていた。今まで一切会話のできなかった同級生がいきいきと話し始めたからだ。配役が割り振られ、私は「ごんぎつね」役として最後銃に打たれ死ぬ演技をした。あまりに勢い良く教室の床に倒れこんだので爆笑された。……そのことを思い出すと、私には演劇を楽しむ道があったのかもしれないと思う。演劇をやったのは人生でその1回のみで、あとは上京して観客側に回るだけだったのが惜しまれる。父は『ガラスの仮面』を私に全巻貸してくれたが…自分の体験とはリンクしなかった。そして演劇と同様に、子どもの頃から継続してやりたかった習い事の一つにダンス(舞踏)がある。両親はそのような選択肢を持ちあわせておらず私も直接触れる機会は少なかったので仕方がないけれど。結局ピアノと合唱と水泳を習った。おかげさまで音楽は生活の一部となった。そして肩幅の広い、逞しい肉体を維持できている。

ごんぎつねといえば鰻。なので今日は夕飯に鰻を買った。精がつくようにもりもり食べようと思います。それと遊びの予定が埋まるのがうれしい。出勤日まで、しっかり遊ぼう(ホームパーティやるか悩む)。あとは医学知識をつけないとやっていけないので勉強も頑張らないと(泣きそうだ)