うれぴっプルン戦記

性的主体性と添い寝とダンス

すこやかにやめる

半年前に転職先が決まって、早めに上司に相談して、同僚にも先月ついに報告をして、そろそろ有給消化に入る。その前に職場の皆にお礼をしたいと思って一言ずつ手紙を認め、焼き菓子と一緒に渡すことにした。就職して二年も経たないうちに五回引っ越しをしたものだから、はじめ住んでいた街の印象は薄らいでしまった。あの街には美味しいパティスリーがあって、看板印として掲げられた、海のように青い旗を眺めて通勤していたっけ。そんなことを思い出し、大きな橋を渡り、久々に東京湾の先の観覧車を眺め、青い旗まで自転車を走らせ、フィナンシェを調達した。クリスマスの時期なのでお目当ての商品がほとんど売り切れてしまっていた。

体裁を保つこと、社交辞令を時と場合に使い分けることで守られる世界がある。くだらないけど、必要なことなので、そういった儀礼的場面ではそこそこ役割を演じられると良いと思っている。学生時代、教育実習先の高校生に貰った色紙は全員分の言葉を読んだ後きれいさっぱり燃やしてしまったし、贈られた花束もすぐにゴミ箱に捨ててしまった。ほんの十四日間だけ私(教育実習生)と接した高校生側だって私の言葉を真に受けてはいなかっただろうし、昂ぶった表情は失笑ものだったと思う。それに、その時みずみずしく放たれた「先生、大好き」「先生、また会おうね」という言葉を保てること、たとえそれが一年であっても半年であっても―それは至難の業だと思う。人の感情は移りゆく。あっという間にすべてが過去となる。じゃがりこ三十個と自らの脇毛と鼻毛を渡してくれた子らのことはよく覚えているけど、連絡を取り合うほどの関係性には至らなかった。双方が「あんなこともあったかな」と取るに足らない曖昧さで、都合のよい綺麗な記憶として刻み込めれば上出来じゃないの。そんなことをいうと不満気にため息をつく人もいるけれど、私はそういう関係性も好きだよ。職場の人とも、この先、強烈に互いを懐かしむことも、連絡を取り続けることもきっと無いと思うけれど、働きやすい環境や連携体制を整えてくれたことに強く感謝しているし、あたたかく接してくださった感触が残るので、今はただ、なにか形にしたいと思って、そそくさと、手紙を菓子と一緒にラッピングする夜なのです。

手紙は読まれたら捨てられる前提で書く。十年後に「あの時の手紙だよ」と持ちだされても「そんなの知らないよ」と他人のふりをしてしまう自分を想像する。そもそも、過去の自分が何を書いたか思い出せない。その瞬間はとても切実な事実だったはずなのに、相手の身体に渡れば、その事実がどこかへ行ってしまう。そんな風に、私の言葉というものは、無責任で、軽やかで、時と共に変形していってしまうのに、時に、相手の掌中に残り続ける呪いとなることもあるから大変恐ろしいものだなと思う。一方的に存在を押し付けてひょいと逃げてしまうというのも姑息だなと思って、美味しいお菓子を添えた。包み紙と一緒に手紙が捨てられ同時に私も忘れ去られることを、ひそかに期待している。捨てられない手紙の束を眺めると、思春期の自分がひょっこり顔を出す、なんでかな、照れてしまいそうになる。できれば他人のそれも知らずにいたいなと思う。そんな自分勝手な感情ばかりが最近の私を支配しているのを自覚する、嫌な年のとり方をしてしまったな。

転職自体には不安も大きい。今の仕事とは少しリンクもするけど、立場が全然違う。責任も問われやすくなるだろう。『何事も、病まずにやめたい。自分で考えて、自分の意志で選びたい』ということが根底が揺るがないようにしたい。しかし、周囲を見渡すと、労働の中で病みそうになっている友達をちらほら見かける。様々な背景があるんだろう、それでも、自分の心身を一切自分でコントロールできなくなる状態がいかにしんどいことかを伝えたい。一度病んでしまうと、持ち直すのに想定外の時間がかかる。想定外だからこそ、ショックも大きいし、周囲の力が必要になるし、自身の根気が必要になる。肉体を失わない限り、人はいくらでもやり直せる。それは事実だけど、もし死んでしまったら、一度身体を失ってしまったら、残念ながら、やり直せない。必然に感じる意志や生活があってこそ働いている人はいるだろう、しかし後先考えず、まずは自身の心身を守ってほしい。

私自身も、すこやかにやめる=すこやかに選ぶ。転職後もそれを徹底して、やっていけたらなと思います。あまりの激務でSOSさえ言えなくなってたらお願い助けてね。

来年の抱負といえば、適当なタイミングで文章を残せたらということくらいかな(主にブログに移行したい)。のんびりと呼吸をしてがんばっていけたらなと思います。