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うれぴっプルン戦記

性的主体性と添い寝とダンス

恋愛やめて生殖やめて超健康になったので転職することにした

これ去年の今頃に書いた記事なんだけど、特に代わり映えのない毎日を生きています

 

生活について

引っ越しせずに1年経過。1年半の間に5回引っ越ししていた頃とは大違いである

知人男性(非恋愛関係)との結婚生活は年1回の契約更新制なので、今年1月「結婚続けますか」「そうしましょうか」と確認して、継続となった。とりあえず来年にまた更新予定です

 夫婦別姓制が最高裁で認められなかったし…いまだ籍は入れず、面倒臭くて…法務省で結婚契約書も作成せず、事実婚状態。財布は夫婦別で、家事もお互い出来るときに行う感じで適当にやってる(料理は相手、掃除洗濯は私の割合が高い)。お互い生活リズムもばらばらだけど最近慣れてきたのでよかった(一番重要視していた添い寝も問題のない相手で本当によかった)

昔は色々と悩むこともあったけど、友情結婚(恋愛感情の発生しない相手と、話し合いを重視しながら生活をやりくりする)を選択した今が人生で一番落ち着いてる時期かなと思う。めでたしめでたし(やったーあとは死ぬだけだ)

契約結婚といえばこの漫画も面白いのでおすすめ(妻:家事代行サービスの労働者で夫:雇用主という設定)

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また、チラッと覗いた友情結婚掲示板(同性愛者が諸々の事情で異性との結婚を希望したり、結婚生活に性行為を望まないセクシャリティ同士等の出会いの場)が賑わっていたり、友情結婚用婚活サイトが出来たりしているのを見るとこの先“恋愛関係に限らない人生/生活のパートナー探し”が流行るのではないかと予想してる。ひょっとするとだよ

生活のパートナーを恋愛関係に限る必要ってまったくないと思うんだよね。「愛」「信頼」は恋愛だけに発生するものでもないし、他者とオリジナルな関係性を作ることに気軽に挑戦できる世の中になるといいな

 

 

 

主体的避妊について

先日ついに体験記録が完結した。コレです

 私は避妊目線で書いてるけど、病気の治療等、装着の理由は様々。ただ、「女性が自分の体を主体的に管理できる(生きやすいように自分でコントロールする)手段の一つ」という部分が共通していると思う。自分の人生の舵を取れると人生レインボーうれぴっプル!!!!!

 

 

健康について

■近年肉体に対してアプローチしたいこと4箇条

①コンタクトに再挑戦(つけたまま寝てしまうこと多くて毎度断念)

②親知らずの抜歯(右奥歯)

③年齢も年齢なのでつけまつげ卒業(段階的に)

④全身脱毛じゃなくていいからVIO脱毛(自分の体は自分のお金で!笑)

 『恋人のために綺麗に』『気になる人に好かれるように』という唱い文句は多いけど、前提として大事なのは「他人に喜ばれるため或いはセックスのためだけに肉体があるわけではない」ということ、なによりまず自分にとって快適な身体作りをすること。自分で自分を快適な状態に調整できると嬉しいし、自信にもなるし、自分を愛しく思えるもんね

 

 

 

 

本題

 

転職が決まりました(オーーー!)

きっかけは、相模原の障害者施設事件

“相模原での障害者殺傷事件のニュースの中で、「障害者は生きていても仕方ない」という犯人のメッセージが、うんざりするほど繰り返されるのを聴きながら、きっとオーランドのときの私と同じように「自分のこと」としてしか、この事件を感じられない人たちがいることを思う。

障害者差別や、LGBTへの偏見はもとより社会の中に存在しているのに、主流派メディアは、せいぜい「どんな人も殺してはならない」というメッセージを出すにとどまった。「なぜ特定の属性をもった人ばかりがターゲットとされるのか」という当事者たちの嘆きに、こたえてはいない。”

 加害者と同じ労働者としての自分、家族支援といった目線でものを考えている自分、つまり当事者の立場で物事を考えられなくなっていた自分に気づく(厳密には他者の立場にはなれない、あくまで当事者の訴えを聴く、代弁していく、というところ)

こんな悲惨な事件を前に、自分の毎日を振り返る。今の職場に正直ほとんど不満はない。同僚もいい人ばかりだし、自分の働きが評価されるようになってきて楽しい。休日ものんびりまったり寝ていられるし。ただ、20代半ば(社会人3年目)で転職しようとは決めていた。学生最後の春休み、博多から鳥取に向かう電車の中で『坂のある非風景』という詩集を朗読しながら、将来の自分を思い描いたりなどした。革命家になんてなれない。宗教活動もやりたくない。周囲のあの人達のように、おっきくてキラキラしたことができるような器は私にはない。けれど、安定した生活を手に入れて、これまで学んできたことを活かしてこじんまりと働けたらいいなと描いていた。セクシャリティ、性暴力被害そして加害に向き合うにはどうしたらよいかをずっと考えてきた人生だったので、歳を重ねていつかおばちゃんになったとき、性暴力を減らし個々の性を肯定する活動/労働の傍らにいたいと思ってた。相模原事件の衝撃が私の背中を押した。その未来に向かって動かないとと焦って、事件後、即面接受けて内定ゲットしたの巻(あっさり決まった)

 

 

 

 ということで!

今年も誕生日までに色々区切りをつけることができました。あっという間に25歳(?!)になってしまったんだけど、残る月日を死ぬまで生きようと思います。中身が女子高校生のままで歳だけ取って若者とつるみ過ぎると無自覚老害になるから気をつけたい。また、歳相応の言葉遣いをしないといけないとも思う(「マジで」「超」「ウケる」を控えめにしたい。笑)おめでとうございました私。

それとそれと、来月(11月初旬)に再び京都旅行するので会える人はどなたでも連絡ください。京都に限らず東京でも全然構わないんだけどさ。転職までまだ余裕があるのと心機一転の不安と緊張もあるのとでいろんな方々と関わりたいという感じ。5年前の初・京都旅行で、今の私と同年齢の人が京野菜に囲まれながら「この歳になるとね 新たに人に出会って友達をつくるのが億劫になるというか 大変になってね」と語っていたけど、たしかにそうかもなと思い出してしまうんだよね。中学時代以降の友人たち、今でも仲良くしてくれて本当にありがたい。友達と呼びたい相手とは、仲良くしつつも距離感を履き違えないような付き合い方ができるといいなと思う。1年前も書いたけど、親密圏における他者関係は、戦闘能力(攻撃力/防御力/自己統制力/自己治癒力)の近い人間同士だとバランスが良いしなにより平和で問題ないのだな。

はぁ「さみしくて見にきたひとの気持ちなど海はしつこく尋ねはしない(杉崎恒夫)」という短歌を口ずさみながら海に行きたい。写真は八丈島の青さです。おしまい

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