うれぴっプルン戦記

性的主体性と添い寝とダンス

LOVEとは・・・

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よくわからない図で申し訳ありませんが

私には恋愛感情というものが何を指し示すのか毎回わからない*1ので、恋愛という表現を避けて、4つの「LOVE」という括りで個人的な感情を分類してみた。とりあえず、個人の感覚と経験から分析するに、私は「精神的LOVE・・・の相手と健康的な性的関係や安定/自立した生活が保てない」傾向が強い。

そのため、「現実(肉体と生活)」「精神」を区別して、それぞれのパートナーを探すことが自分の人生にとって快適だということを理解した。なので、これを実践している最中です(※H29追記:若干のハプニングあった*2結果、精神的パートナー不在でもなんとかなってる状況)

精神的LOVEの相手と、セックスを含めた人間関係を継続してる人を心底尊敬するし、拝めたい。みんなどうやって自身の葛藤や欺瞞、欲望と折り合いをつけて生きているのだろうな。何を諦めて、何を譲れずに、何のために生活をやりくりしているのだろうか。他人の感覚や選択もわりと気になるけれど、社会でそんな話題いちいち出来ないからひたすら寡黙に労働者してます。

  

 

 

H29.7.9 追記

肉体的世界と精神的世界、両方の良い所取りができるLOVE=「絶妙な距離感の友人関係」なのかも知れないと思う。

たとえば、

①肉体的LOVE+友人=セフレ(ヤリ捨てとかではなく安定した友情が土台にある)

②生活的LOVE+友人=同居人

③精神的LOVE+友人=添い寝フレンド   的なポジションが成り立つ。

個人差と相性によるけれど、①セックス②生活運営③精神的安らぎ、すべてを包括した関係に発展する可能性もある。

 

図には書かなかったけど、

逆に、「距離感を履き違えた人間関係」になってしまうと

⑤独占的LOVE(精神的世界)が発生して、閉じた関係に固執しすぎた場合は、暴力の温床(パワーバランスが偏った関係)となるのかもしれません。こわこわ。にんげんこわい。

 

 

※2年半前の「恋愛関係」をしていた時の文章がこちら。痴情を楽しみつつ矛盾を受け入れていた時期*3もあったんだよね……。

この頃と根本的な価値観は変わっていないけれど、今は、「恋愛関係(契約)」や「痴情」を捨てて得た、激しさから離れた人生もそれなりに肯定できているようです。よかったね。

*1:あと「付き合う」とかの謎の契約も現在は完全に無理になってしまった

*2:精神的パートナー(添い寝フレンド)が見つかった!と思いきや実際マッチングできずという結果に終わったということがあった

*3:しかし過去の私にとって、「付き合う」→「必ず来るであろう関係破綻にワクワクする」という意味合いが強かった