うれぴっプルン戦記

性的主体性と添い寝とダンス

慟哭する日もある

(性犯罪について書いてある記事なので、閲覧注意してください)(泣き言です)  

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羨ましいなあ、生きるのが楽しそうでいいですね、あなたが死にたいと悩むことなんてないでしょう、馬鹿にしないでくださいよ、と被害者意識たっぷりに嫉妬と嫌悪交じりの口調で詰られることは今まで結構あった。そりゃそうだ。私は自分の人生が楽しい。最近は労働だって楽しい。友達もそこそこいるし、相談できる場所もあるし、キャパシティもある。健康で、体力もある。仮に一文無しになっても、経済的に頼れる場所もある。確かに恵まれている。そしてよく笑う。私は根暗だけども、他者と楽しいひと時を過ごすことを好む。背筋のピンと伸びた「感じのいい人」に擬態する技に長けているので、社会的に孤立することもない。

それでも慟哭する日もある。たとえそれが1年に1度だけであっても、3年に1度だけであっても、その頻度で哀しみの深さを量られるのは勘弁願いたい。その人の哀しみはその人だけのものである。しかし、その自分に酔いしれて、それに振り回されて、一度きりの人生が崩れてしまうのを、防ぎたいがために、私は、私が哀しいということを一時的になかったことにする。自分を守る知識や理論、他者からの無関心の優しさで癒す。それでも、つい油断して、過去の日記を読み返してしまうと、予想外のものが覆いかぶさってくる。もっと早いうちに、然るべき場所、カウンセリングにでもかかるべきだったんだと思う。あなたは問題ない人間ですよと相談員に励まされるたびに、内心苛立った。そんなはずがないだろうと、栄養不足で心が痩せていくばかりだった。報われない感情の墓場はもう自分の心に出来てしまった。時々、その墓場を掘り返してしまう。生々しい、土のぬくもりの先に、冷え切った青白い死体が眠っている。私はこの死体と一生一緒に生きていかなくてはいけないんだと思う。老後を共にする伴侶と添い遂げるのではない、初恋の人と添い遂げるのでもない、私は私の死体と添い続け、最期を迎えるのだ。そういう覚悟が必要なのだ。今日、本格的にその覚悟が必要になってしまった。私は寂しい。私は私を誰とも共有できない。私は苦しい。私は、あの夜を忘れられない。私は悔しい。私は、私に突き刺さったナイフを今も握りしめている。あなたと共有する涙はあっても、そこに私の痛みは存在しない。

 

蒸し暑く気怠い梅雨明け。ぎこちない距離感でソファに隣合いながら、「他人がすべて自分だったらいいのにって思った事ない?…」と問いかける。「そりゃあ、あるよ」と頷いてくれる人がいる。しかし、残念ながら、回路の似た人間はいても、自分にぴったり当てはまるかのような人間は存在しない。「恋愛」と呼ばれるそれは、自分と、愛している(と信じたい)相手が融合するかのような幻想に浸らせてくれる。精神は一時的に万遍なく満たされる。パズルのピースがぴったりはまるような幻想自体は悪でも罪でもない、むしろ素晴らしい快である。ただ、それは生存と生活との相性が悪いのだ。私は、幻想を売買することはあっても幻想に溺れることをやめた。ついに生存と生活を選んだ。私は精神が期待し続ける恋煩いの焦燥感より、衣食住と、自覚的な暴力(肉欲)を選んだ。こみ上げる憎しみや、哀しみを、独りぼっちだと不眠症になるしかない夜を、他者の腕に沈めるのをやめた。他者の背を人差し指でなぞって、生きていくことがつらいと書き殴るのをやめた。「あなたは幸せそうでいいね」という中傷にいちいち反応することをやめた。いつか誰かに刺されるかもしれない、そうなったらこれまでの負のすべてをエネルギーにして、返り討ちにしようとだけ思う。その場面がやってこない限り、私は私の死体と二人で生きて行く。そこに第三者は不要だ。

 

久々に母校を訪れることになった。3年ぶりだ。なぜ3年間そこに行けなったのか、理解していたのに、忘れたふりをしていた。忘却は防衛反応であり、仕方のないことだけど。私はこんなにも回復したのだ、と胸を張って充実した毎日を送っていた、はずだが、訂正が必要になった。先ほど、4年ぶりに弁護士と連絡を取った。損害賠償請求は3年で時効なので、もう手も足も出せないという絶望の結末を、申し訳なさそうな声で、丁寧に教えてもらった。私は物心ついたときから自分の選択に反省はしても後悔はしないようにと誓い生きてきたが、これだけは心から後悔するしかない。1月29日の深夜、垂れ流された精液を咥内にふくんだまま警察に訴え出る力と知恵がほしかった。私は、あの時期支えになろうとしてくれた沢山の知人に心から感謝する。私は、逃げ出して、生き延びた自分を肯定する。精神的に耐え切れず、途中で頑張ることを諦め、勝てなかった自分を肯定する。紆余曲折しながらも、人を失いながらも、屈折しながらここまで回復した自分を肯定する。それでも、私は、あの時、6畳のワンルームに帰宅し、何度も体をこすり洗った自分の選択を悔やむ。駆けつけてくれたあなたに事実を話せず強がるしかなかった選択を悔やむ。あっという間の3年以降を悔やむ。今日で、泣き寝入りが確定した。決意が固まり、やっと闘えると思ったときには、時効の二文字が行く手を阻むのだ。証拠不十分で裁判不可能という現実が私の心身の自由を奪う。四肢は動かせず、溜息しかでない。身体を壊しても、貯金を崩しても、仕事をやめることになっても、闘いたかった。あの日、私が殺された夜を、恨めしそうに、お前に一つ一つ説明したかった。代替になるものがないので、もうどうしようもないのだが。明日から、築き上げた生活を積み上げるしかないのだろう。興奮しながらガラスを殴り割る君に憧れながら、私は凡庸に、誰も殴らないようにと努力して生きて行くのだろう。おはよう、おかえり、が飛び交う毎日の中で幸せを噛みしめながら、生きて行くのだろう。5年間、疲れたなあ。そして、長かった。これからも、長く長く続いていくんだろうなあ。でも、あきらめるしか、選択肢はないのだし、似ているようで似つかない他人の痛みを自分の痛みだと代替するような愚鈍にならないよう注意しながら、寿命を全うして、静かに殉死していくしかないのだと思います。